要件定義の崩壊と、デスマーチの幕開け
「三日で巨大照明システムを20基……? 要件定義がガバガバすぎるだろ。現場のキャパシティを無視したトップダウンの典型だな」
俺は冷えかけたステーキをフォークで突きながら、冷徹に愚痴をこぼした。
「そうなんです! 辺境伯様の使者は『王族を迎えるにふさわしい、太陽のごとき輝きを放つ光の塔を作れ』とだけ言って、具体的な仕様も予算の天井も明かさずに立ち去ったんですよ! 期限を一日でも遅れたら、不敬罪で僕の商会は取り潰し、カズトさんもフォルトン領から追放です!」
アレンは頭を抱えてソファーに突っ伏した。
前世でもよく見た光景だ。ITの知識がゼロの上層部が、「なんかAIとか使っていい感じのシステム作っといて。納期は来週ね」と無茶振りをし、現場のエンジニアが血反吐を吐く。あの悪夢が、異世界で、しかも国家権力という絶対的な強制力を持って再現されようとしていた。
「おい、アレン。泣き言を言っても納期は変わらない。今すぐ現状の『開発リソース』を棚卸しするぞ。ハルクの工房の白粘土板と、導電インクの在庫は?」
「え、ええと……! ランプ用の通常サイズなら、現在500枚分のストックがあります。インクも樽に2杯分は確保してありますが……」
「通常サイズじゃダメだ。辺境伯が求めているのは『太陽のごとき輝き』、つまり超高出力の照明だ。従来のランプ用の回路に、そんな大魔力を流したら、一瞬で回路が焼き切れて熱暴走を起こす。最悪、会場が爆発炎上して、俺たちはテロリストとして処刑だな」
「ば、爆発……っ!? じゃあ、どうすれば……」
俺はワインを喉に流し込み、脳内のコンパイラをフル回転させた。
必要なのは、膨大な魔力を安全に処理できる「高耐圧の大規模回路」。そして、それを三日という短納期で実装・デプロイするための「分散開発体制」だ。
「……やるしかないか。アレン、今すぐ職人ギルドから引き抜いた若手三十名を全員、ハルクの工房に非常招集しろ。これより、プロジェクト『サンライト』を立ち上げる」
「プロジェクト、サンライト……!」
「ああ。仕様変更には、徹底的な最適化で対抗する。職人たちの技術力をフル投入して、三日間で『巨大並列処理魔導照明』を組み上げるぞ」
---
その一時間後。深夜のハルク工房。
集められた若手職人たちは、突然の緊急招集にざわざわと動揺していた。そこに、俺とアレンが設計図(仕様書)を広げて割り込む。
「全員静かにしろ! 緊急の不具合対応……いや、特急案件が入った。納期は72時間後。ターゲットは辺境伯の夜会だ」
俺の言葉に、職人たちが息を呑む。
「無理だ、三日なんて……! 巨大魔導具はどんなに急いでも一基に一週間はかかるぞ!」
一人の職人が叫んだ。だが、俺は不敵に笑って、新しく描き殴った設計図を指差した。
「それはお前たちが、最初から最後まで一人で『手彫り』で作ろうとするからだ。これからは違う。この巨大照明は、20個の『独立した小さな発光モジュール』を連結して動かす、**マイクロサービス(分散型)アーキテクチャ**を採用する」
「まいくろ……さーびす……?」
「そうだ。大きな一つの魔法陣を刻むのは時間がかかる。だが、ランプ用の小さな回路を20個作り、それを一つの『魔導配線』で繋げば、出力は20倍になる。これなら、既存の金型を使って一瞬でパーツを量産できるだろ?」
職人たちの目が、ハッと見開かれた。
バラバラに作って、最後に結合する。現代のシステム開発における基本のキを、異世界の魔道具製作に適用するのだ。
「作業を分担するぞ! プレス班、インク塗布班、組み立て班、そして全体の統合班だ! 睡眠時間はシフト制で確保させる。……よし、デスマーチの始まりだ。全システム、起動せよ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
ホワイト企業を目指していたはずの俺の工房が、一瞬にして不夜城の「超ブラック開発ルーム」へと変貌を遂げた。だが、職人たちの目は、無理難題への絶望ではなく、見たこともない新しい技術への興奮でギラギラと輝いていた。




