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スローライフの始まり?

「カズトさん、職人ギルドのバルトロが、ついに商業ギルドに泣きついてきましたよ」

週末。アレンが満面の笑みを浮かべながら、俺のオフィス兼自宅に転がり込んできた。

「ライラックさんの仲介で、職人ギルドの資産と販路をうちの商会が格安で買い取る手続きが始まりました。バルトロはハンスの件の襲撃テロへの関与も暴かれて、ギルド長を更迭、そのまま憲兵隊にログアウト(御用)です。これでフォルトン街の魔道具流通は、完全に僕たちの『プラットフォーム』になりました!」

「そうか。お疲れ、アレン。これでようやく『障害』が消えたわけだ」

俺はデスクの上でキーボードを叩くように指を動かし、息を吐き出した。

異世界に来てからというもの、バグの修正と市場開拓ばかりで、本来の目的を忘れかけていた。

「よし、アレン。ビジネスの基盤プラットフォームは完成した。これからの運営はお前と、引き抜いた元職人のチーフたちに任せる。俺は本来の目的に戻るぞ」

「本来の目的、ですか?」

アレンが首を傾げる。

「ああ。――『スローライフ(QOLの爆上げ)』だ。いつまでもこんな石造りの殺風景な部屋で、硬いベッドに寝てられるか。まずはこの拠点(自宅)のインフラを21世紀並みにフルリファクタリングしてやる」

こうして、俺の本当の「快適拠点構築プロジェクト」が始まった。

まず着手したのは『魔導式全自動給湯システム』の開発だ。

この世界の風呂は、 召使が薪で火を起こして水を沸かすか、高価な熱素石をそのままドボンと浴槽に投げ込むという、温度調節の概念が存在しないクソ仕様だった。

俺は引き抜いた若手職人たちを使い、ハルクの工房で「多層構造の粘土パイプ」を作らせた。

内部に『熱素生成ヒート』と『水流制御ストリーム』の可変ルーン回路をスタンプ。壁に取り付けたダイヤルを回すだけで、いつでも「42℃の適温の湯」がシャワーと浴槽から無限に湧き出るシステムをデプロイした。

「……はぁぁ、生き返るわ……」

完成した自宅の風呂に浸かり、俺は至福の声を漏らした。

前世の深夜残業帰りに浴びるシャワーとは格が違う。ハーブの香りがする異世界の入浴剤を溶かし、適切な温度で維持される湯船。これだよ、これがやりたかったんだ。

さらに、キッチンには昨日、開発した『可変式システムコンロ』に加え、冷気を司る『氷素生成フリーズ』の術式を応用した『魔導冷蔵庫・プロトタイプ』を設置。

これで肉や野菜の長期保存キャッシュが可能になり、いつでも冷えたエールが飲める環境が整った。

「カズトさん……あの、ちょっとお風呂とキッチンをお借りしたんですが……」

視察に来たアレンが、髪を濡らしたまま、ガタガタと感動に震えながらリビングに戻ってきた。

「な、なんですかあの楽園は……! 蛇口をひねるだけでお湯が出るなんて、王族でも不可能です! それにあの冷える箱! あれがあれば、夏の流通が一変しますよ!? これ、次の商品として売り出せば、また金貨の山が――」

「おっと、そこまでだアレン」

俺は冷えた麦茶を差し出した。

「これは俺のプライベートなローカル環境の仕様だ。商品化するには、まだ魔力の消費効率の最適化が必要だからな。まずは俺がこの快適なスローライフを十分に満喫してからだ」

悪徳女神に放り込まれたブラック異世界。

だが、ロジックと魔導工学があれば、そこは極上のセーフティネットへと作り変えることができる。

湯上がりの冷えた一杯を飲み干しながら、俺は今度こそ、本当のスローライフの始まりを確信していた。

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