策略成功
「――おい、どういうことだッ!!」
翌朝、職人ギルド・フォルトン支部の高層階にある幹部室には、激怒するギルド長・バルトロの怒号が響き渡っていた。
机の上に乱雑に投げ出されたのは、昨晩、商業ギルドが市場に投入した『スイッチ式魔導ランプ・一号』だ。バルトロはそれを血走った眼で睨みつけ、部下の職人たちを怒鳴り散らしている。
「大銀貨3枚だと!? ふざけるな! 我々が金貨2枚で売っているランプを、そんな端金でバラまかれたら、うちの若い職人どもが全員干からびるわ! 構造はどうなっている!? すぐにコピー品を作れ!」
幹部職人は青ざめた顔で、バラバラに分解されたランプのパーツを指差した。
「そ、それが……構造自体は、単純なバイパス回路とスライド式レバーなのですが、問題はこの『魔導基板』です……!」
「粘土板か? こんなもの、溝を掘って魔銀を流し込めば――」
「違うんです! 溝の精度が、人間の手仕事の領域を超えています! まるで神が刻んだかのように1ミクロンの狂いもない。しかも、流し込まれているのは純粋な魔銀ではなく、何か未知の溶液で薄められた『魔銀の粉末ペースト』です。我がギルドの最高技術をもってしても、この精度と、この低原価を再現するのは不可能です……!」
「なんだと……っ!?」
バルトロの顔が、今度は驚愕で土気色に変わった。
彼らが何十年もかけて磨いてきた「熟練の技」という名のレガシーシステムが、カズトの開発した「プレス金型と導電インク」という超近代的仕様の前に、文字通り一瞬で無価値化されたのだ。
「製造コストで勝てない。品質でも勝てない。おまけに……」
職人が震えながら、本日発行されたばかりの『商業ギルド公式声明』の羊皮紙を差し出した。
そこには、最高監査官ライラックの署名とともに、こう記されていた。
> 『昨日、商業ギルドの正当な【新意匠権】を持つ商人が、職人ギルド関係者と思われる者たちから物理的な襲撃を受けた。我が商業ギルドはこれを重大な反逆行為とみなし、本日より、職人ギルドへの「魔石」および「原材料」の卸し値を一律30%引き上げる。また、襲撃犯の身元が完全に割れるまで、職人ギルド幹部の資産を一部凍結する』
「ラ、ライラックの糞ババアめ……っ!!」
バルトロは拳で机を叩き割らんばかりに激高した。
ハンスの件での不祥事をもみ消すどころか、暗殺者の投入という悪手を逆手に取られ、経済的にも政治的にも、完全に詰み(チェックメイト)に追い込まれたのだ。
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同じ頃。俺のオフィス兼自宅。
「カズトさん! 本日の第2ロット300個も、販売開始からわずか30分で完売です! 予約がすでに2000件を超えています!」
アレンが狂喜乱舞しながら、金貨と大銀貨が詰まった重い袋を机にドサドサと置いた。
「よし、完全に市場の覇権を握ったな。製造ラインの皆に、臨時のボーナス(特別インセンティブ)を出してやれ。モチベーションの維持は開発の基本だ」
俺は、新しく実装した『システムコンロ』で淹れたてのコーヒー(に似た異世界の黒麦茶)をすすりながら、優雅に脚を組んだ。
「それにしてもカズトさん、職人ギルドはもう完全に手も足も出ない状態ですよ。これでもう、僕たちの勝ちですね!」
「いや、まだだ。ビジネスにおいて、敵の息の根は完全に止めなきゃ意味がない。あいつらが破れかぶれになって、また物理的な暗殺者を送り込んできたら面倒だからな」
「アレン。職人ギルドの一般職人たち……特に、上層部に搾取されている『下積みの若い連中』に、極秘で求人票を打て」
「え……求人、ですか?」
「そうだ。我が商会の『組み立てラインの次期工場長候補』、あるいは『新型魔道具の開発アシスタント』として、今のギルドの3倍の給料で引き抜く。技術を失った組織はただの抜け殻だ。職人ギルドというレガシーシステムを、内部の人材ごと、丸ごと吸収合併してやるよ」
のんびりしたスローライフのための拠点が、いつの間にか異世界の経済を牛耳る「巨大テック企業」の巨大な本社ビル(予定地)へと変貌しつつあった。




