新意匠(パテント)の登録と、犯罪者(クラッカー)
「……これが、カズト殿の言う『新意匠』の申請書類ですか」
商業都市フォルトンの商業ギルド、その三階にある重役室。
アレンの案内で俺の前に座ったのは、監査官のライラックという名の初老の女性だった。ハンスの上司にあたる人物であり、ギルドの不正を厳しく取り締まることで知られる実力者だ。
彼女は、俺が提出した『スイッチ式魔導ランプ』の現物と、羊皮紙に書かれた仕様書を交互に見つめていた。カチリ、カチリ、と彼女の指先でレバーが操作されるたびに、部屋が明るくなったり暗くなったりする。
「素晴らしい、の一言に尽きますね。魔石の抜き差しという手間の排除、それにこの量産化を前提とした製造工程の効率化……。これは単なる改良ではなく、魔道具の変革です」
ライラックは鋭い目を細め、俺をまっすぐに見据えた。
「ハンスの件では、我がギルドの不祥事でもみ消したい部分があったのは事実です。アレンくん、そしてカズト殿。この『スイッチ式ランプ』の3年間の独占販売権――【新意匠登録】、確かに承認しましょう。ギルドの総力を挙げて、職人ギルドからの圧力を突っぱねることを約束します」
「交渉成立ですね。ありがとうございます、ライラックさん」
俺は席を立ち、彼女とがっちりと握手を交わした。
これで法的・政治的な防壁は完成した。アレンの商会がこのランプを独占的に売り出し、俺にはその開発報酬が入るシステムが構築されたのだ。
「やった……やったぞ、カズトさん! これで僕たちは大金持ちですよ!」
ギルドの建物を一歩出た瞬間、アレンが子供のように飛び跳ねて喜んだ。
「まだ浮かれるな、アレン。これからが本当の販売フェーズだ。職人ギルドや他の商会が、どんな手を使って独占権を強奪……いや、妨害してくるか分からないからな。セキュリティは常に最高レベルにしておくんだ」
「はい! 鍛冶屋と錬金術師への金型発注も、完全に別々の店に分けて、何を作っているか分からないようにしてあります!」
「よし、情報漏洩(サプライチェーン攻撃)対策もバッチリだな」
俺たちは祝杯をあげるべく、いつもの宿屋『跳ね馬の蹄亭』へと向かった。
新調した『システムコンロ』で美味いスープでも作ろうか、それとも宿の美味いエールを飲もうか。そんなことを考えていた、その時だった。
ピキリ、と脳裏に強烈な不快感が走った。
(……ッ!? スキル【危機感知:Lv2】か!?)
数日ぶりに発動した脳内アラーム。あのウルフの群れに囲まれた時と同じ、あるいはそれ以上に冷徹で、ねっとりとした「悪意」のサーチライトが、俺たちの背中に照射されている感覚。
俺はさりげなく、大通りの建物のガラス窓に映る「背後の景色」に目を向けた。
人混みの向こう。
全身を灰色の薄汚れたマントで覆い、深々とフードを被った三人組の男たちが、一定の距離を保ちながら俺たちの後をつけてきていた。マントの隙間からチラリと見えたのは、鈍く光る鉄の鎖と、鋭利なダガー。
街の治安維持部隊が見回る大通りだからこそ仕掛けてはこないが、彼らの目は完全に俺たちを「ターゲット」としてロックオンしていた。
「……アレン。予定変更だ。宿には戻らず、人通りの多い中央広場へ向かうぞ」
俺は声を潜め、アレンの耳元で囁いた。
「え……? カズトさん、どうしたんですか?」
「追手がついた。それも、かなり物騒なやつだ」
俺は短剣の柄にそっと手をかけ、歩行速度を上げた。
せっかく手に入れかけた快適なスローライフの基盤。それを脅かすノイズは、どんな手を使ってでも排除しなければならない。俺の異世界ビジネスは、どうやら早くも物理的な防衛戦へと突入しようとしていた。




