量産化へのブレイクスルーと、コンロのデバッグ
「刻印……ですか?」
アレンは、俺の書いた仕様書(設計図)を見つめながら、不思議そうに呟いた。
「そうだ。俺が手彫りで術式を刻んでいたら、1日に数個作るのが限界だ。それでは市場の需要(アクセス集中)に耐えられない。だから、あらかじめ術式の幾何学模様を反転させた『金属製の金型』を作り、それを白粘土の台座にプレスして一発で溝を作る。これなら量産(大量生産)が可能になるだろ?」
「な、なるほど……! 職人さんが何時間もかける作業を、一瞬で終わらせるってことですね。でもカズトさん、それだと溝を掘った後の『魔力を通す仕上げ』はどうするんですか? 職人さんは刻んだ溝に、微量の魔銀を流し込むことで回路を完成させているんですよ」
アレンの指摘はもっともだった。さすがは商人、コアな仕様をよく理解している。
「そこが、俺の次のデバッグ案件だ。要するに、液体状の『導電性インク』があればいいんだよ。魔銀を極限まで細かく粉末にして、定着液(油脂や松脂)と混ぜてペースト状のインクを作る。それを、プレスした溝にヘラで塗り広げるんだ。乾けば、立派な回路として機能するはずだ」
前世のプリント基板(PCB)の製造プロセス、あるいはシルクスクリーン印刷の応用だ。
高価な魔銀をそのまま使うのではなく、粉末にして薄く伸ばす。これなら原材料費も10分の1以下に抑えられる。
「……カズトさん、貴方の頭の中はどうなっているんですか? 職人ギルドの伝統的な製法を、根底からコストカットしようだなんて……」
アレンが半ば呆れ、半ば恐怖するような目で俺を見た。
「効率化はエンジニアの習性だからな。よし、この『量産化プロセス』の検証はアレン、お前の人脈で腕のいい鍛冶屋と錬金術師を探して、秘密裏に金型とインクの試作を発注してくれ。その間に、俺はもう一つのインフラをデバッグする」
俺は机の上に、昨日魔道具店で買ってきたもう一つの品――『簡易魔導コンロ』を引っ張り出した。
「次はこれだ。強火(固定値)しか使えないこのクソ仕様を、ダイヤル式の火力調整が可能な『システムコンロ』にアップデートする」
俺はさっそくコンロを分解した。内部の熱伝導石に刻まれていたのは、発熱を司る『熱素生成』の術式。
「【鑑定】……よし、構造は読めた。ランプの時と同じだ。ただ、今回はオン・オフだけじゃなく、魔石から流れる魔力の『流量』を制御しなきゃならない。つまり、プログラムでいうところの『変数』の実装だ」
俺は彫刻刀を握り、白粘土板でのテストを開始した。
流量を制御するには、魔力の通り道を「すり鉢状」に細くしていくルーンを組み合わせる。物理的なダイヤルを回すことで、内部の接触端子がスライドし、魔力が通る『回路の太さ』が変わるように設計するのだ。
回路が太ければ、魔力が大量に流れて「強火(最大値)」。
回路が細ければ、魔力が制限されて「弱火(最小値)」。
カリカリ、カリカリ……。
新スキル【魔導工学:Lv1】と【精密操作:Lv1】が発動しているおかげで、手の動きは驚くほど精密だった。線の太さをミクロン単位でコントロールしていく。
「よし、テスト環境へ実装」
数時間後、俺はコンロの横に小さな木製のツマミ(ダイヤル)を取り付け、中にスライド式の可変ルーンを仕込んだ。
底部に赤魔石をセットし、ツマミを回す。
ジワリ……と、コンロの金属板が、ほんのりと温かくなった。
「まずは弱火。……よし、次は……」
ツマミをぐっと右に回すと、金属板が瞬く間に赤熱し、強烈な熱気を放ち始めた。
「強火! 成功だ! これでスープの保温から、肉の強火焼きまで自由自在だぞ!」
これで、俺のオフィス兼自宅のキッチンインフラは大幅に強化された。もう、肉を焼くたびに外で焚き火をしたり、部屋を煤煙で満たす必要はない。
「ふふ、これでやっと『まともな自炊』ができる……」
ツマミをカチカチと回しながら、俺は至上の満足感に浸っていた。
スローライフの前提となる「快適な暮らし」が、俺のロジックによって一歩ずつ、確実に構築されていく。だが、この時の俺はまだ知らなかった。
俺たちが進めているこの「魔道具改良プロジェクト」が、街の裏で蠢く巨大な利権の闇を刺激しつつあることに。




