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驚愕のクライアントと、製品化への要件定義

「――カ、カズトさん、これ、本当に自分で作ったんですか……!?」

翌朝。俺のオフィス(兼自宅)の石室を訪れたアレンは、机の上に置かれた『スイッチ式魔導ランプ・バージョン1.0』を見つめたまま、完全にフリーズしていた。

俺が何気ない顔で、側面の真鍮製レバーを「カチリ」と押し下げる。

フワッ、と部屋の隅々まで行き渡る温かみのある光。もう一度「カチリ」と上げれば、瞬時にパッと消灯する。

「ああ。昨日の夜、ちょっと既存の術式コードを逆コンパイルしてな。魔石を抜き差ししなくても、バイパス回路で魔力の流れを制御できるようにデバッグしたんだ」

「逆コンパ……デバッ……? いや、意味が分かりません! 魔道具って、専門の工房で何人もの職人が何日もかけて、不変の術式を刻み込むものですよ!? なんで一晩で、しかも素人がこんな……こんな歴史をひっくり返すような構造を作っちゃうんですか!」

アレンは頭を抱えて叫んだ。その様子は、前世で「仕様にない超便利機能」を勝手に実装された新米ディレクターのようだった。

「まぁ落ち着け、アレン。これはただの試作品プロトタイプだ。それより、お前はこれを見て『商人』としてどう思う?」

俺がそう問いかけると、アレンはハッと我に返り、プロの商人の目になってランプを凝視し始めた。何度もレバーをカチカチと動かし、光の安定度を確かめる。

「……売れます。絶対に売れます。それも、信じられないくらいの高値で」

アレンの呼吸が少し荒くなる。

「普通の魔石ランプは、夜中に消したくなったら、熱いランプの底から直接魔石を引っ張り出さなきゃいけません。落として割る危険もあるし、何より面倒です。でも、これなら枕元に置いて、指一本で消せる。貴族や大商人、それに夜間の見張りをする冒険者だって、全財産を叩いてでも欲しがりますよ!」

「だろうな。利便性(UI/UX)の向上は、あらゆる市場で最強の武器になる」

俺は腕を組み、ニヤリと笑った。

「だが、これをそのまま市場にデプロイ(投入)するのはリスクが高すぎる。まずはリスク分析だ。アレン、この街の魔道具職人ギルドは、こういう『新規性のある技術』に対してどういう対応を取る?」

「あ……」

アレンの顔が、少し青ざめた。

「そうですね……もし、これを勝手に売り出したら、魔道具職人ギルドが『技術の盗用だ』とか『違法な改造品だ』って難癖をつけて、潰しにかかってくる可能性が高いです。最悪の場合、利権を丸ごと力ずくで奪われます」

「やっぱりな。どこの世界でも、既存の既得権益レガシーシステムは新しいイノベーションを排除しようとするものだ」

前世でもあった。ベンチャー企業が画期的なシステムを開発しても、大手の特許攻勢や圧力で潰されるケースが。この世界には現代のような精緻な特許法(知的財産権)はおそらく存在しない。力があるギルドが「仕様」を決めるのだ。

「だからこそ、外堀を埋める。アレン、商業ギルドの規約に、新商品の『独占販売権』や『開発者保護』に関する項目はなかったか? ほら、昨日の規約集の裏の方だ」

俺の指摘に、アレンは慌てて懐から規約集を取り出し、ページをめくった。

「ええと……あ、ありました! 第9条第3項! 『未登録の新規複合魔道具、または独自の改良技術について、商業ギルドの査定を受け【新意匠しんいしょう】として登録された場合、その商人は最大3年間、フォルトン領内における独占販売権を得る。ただし、職人ギルドからの異議申し立てがない場合に限る』……!」

「職人ギルドからの異議申し立て、か。要するに、あいつらが『こんなの俺たちでも作れる』と証明する前に、商業ギルドの上層部を巻き込んで『仕様の確定(規格化)』を既成事実化しちまえばいいんだ」

俺は机をトントンと叩いた。

「ハンスの一件で、商業ギルドの上層部はハンスの不祥事をもみ消したい、あるいはアレンに対して少しばかりの『貸し』を作りたいはずだ。そこを突く」

「なるほど……ハンスの監査を担当している上級職の人に、直接このランプを持ち込んで【新意匠】の登録を申請するんですね!?」

「その通り。ハンスの件の和解案(手打ち)として、この利権をアレンの商会で独占させてもらう。商業ギルドとしても、これが売れれば莫大な税収(手数料)が入るから、職人ギルドの圧力を突っぱねる大義名分ができる」

アレンの目が、驚きと感心でこれ以上ないほど見開かれた。

「カズトさん……貴方、本当に元はただの旅人なんですか? 交渉のロジックが、百戦錬磨の大商人よりエグいです……」

「ただの社畜SEだよ。理不尽な仕様変更や、他部署との政治闘争(社内政治)を生き抜くために、嫌でも身についたスキルさ」

俺は苦笑しながら、羽ペンをとって新しい羊皮紙に向き直った。

「よし、アレン。方向性は決まった。量産化に向けた『製品仕様書』を作るぞ。このプロトタイプは、俺が手彫りで回路を刻んだから、生産性が最悪だ。量産するためには、術式を『刻印スタンプ』のように一発で転写するベース環境が必要になる。そのためには……」

のんびりスローライフを送るはずだった俺は、異世界の経済システムを巻き込む「新製品開発プロジェクト」へと、本格的に走り出すのだった。

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