初めての『パッチ適用』と、深夜のQOL爆上がり
「……よし、これでテスト環境のビルドは全て通ったな」
深夜。蝋燭の炎が小さく揺れる石造りの部屋で、俺は5枚目の白粘土板を机に置き、深く息を吐き出した。
手元にある4枚の粘土板は、すべて魔力の逆流でひび割れた「バグの残骸」だ。だが、最後の5枚目に刻まれた術式は違った。赤魔石を接触させると、ショートすることなく、安定した一定の光を放ち続けている。
【鑑定】のログも『エラーなし。処理の最適化(最適化)が確認されました』と、オールグリーンを告げていた。
「基本言語の構文(文法)は完全にマスターした。次は本番環境へのパッチ適用(実装)だ」
俺は購入した既製品の魔石ランプを再び手元に引き寄せ、分解した魔力伝導石の基盤を露出させた。
この基盤に刻まれているのは、魔石をセットしたら電力が尽きるまで光り続ける「無限ループ」のコードだ。ここに、物理的な接触をトリガーにして魔力の流れを堰き止める『条件分岐(if文)』のルーンを割り込ませる。
(既存のソースコードを書き換える(リファクタリングする)のは、一から書くより緊張するな……)
前世でも、他人が書いたレガシーなプログラムを修正する時が一番バグを出しやすかった。俺は彫刻刀を握る手にぐっと魔力を込め、元の幾何学模様の一部――始点と増幅回路の間の「接続線」を、慎重に削って物理的に切断した。
これで回路は完全に遮断状態になる。
次に、その切断した両端を迂回させるようにして、伝導石のフチに向けて新しい魔力経路を彫り込んでいく。
その終着点に刻むのは、今回俺が独自に設計した『接触感知ルーン』だ。
ランプの外装にある小さな真鍮製のレバーを押し込むと、ランプの内部パーツがこのルーンに物理的に触れ、魔力の回路が閉じる(繋がる)というアナログと魔導のハイブリッド仕様である。
カリカリ、カリカリ……。
極限の集中力の中、彫刻刀の先から青白い火花がかすかに散る。
一瞬の油断で基盤全体が爆発して大損害になるプレッシャー。だが、ウルフの群れに囲まれていたあの戦い(デスマーチ)に比べれば、自室での開発作業なんて安全そのものだ。
「……できた」
午前3時過ぎ。ついに、世界に一つだけの『スイッチ式魔導ランプ・バージョン1.0』が完成した。
俺は分解していたパーツを慎重に組み直し、底部に低品質の赤魔石をスロットインした。
この状態では、まだ光らない。回路は切断されている。
「さあ、運命のテスト稼働だ」
俺はランプの側面に取り付けた真鍮製のレバーを、親指でカチリと押し下げた。
内部の金属片が、俺の刻んだ接触感知ルーンに触れる。
フワッ……。
瞬間、ランプのガラスホヤの奥から、太陽のように温かみのある、それでいて蝋燭の数十倍は明るい安定した光が室内に広がった。煙も出ない、匂いもしない。完璧な「現代の照明」が、この中世風の石室にデプロイされた瞬間だった。
「やった……! やったぞ! スイッチ式の照明だ!」
もう一度レバーをカチリと上げると、一瞬でパッと光が消える。
カチカチ、パッパッ。
「凄い……タイムラグもゼロだ。完全に実用要件(仕様)を満たしてる!」
俺は子供のように何度もスイッチを切り替えて歓喜した。
これまでは夜になると蝋燭の貧弱な灯りで過ごすしかなく、暗闇の恐怖と戦っていたが、これからはボタン一つで部屋全体を昼間のように明るくできる。これだけで、この世界における俺のQOL(生活の質)は爆発的に向上した。
『ピコン! 条件が達成されました。称号【魔導のハッカー】を獲得』
『スキル【魔導工学:Lv1】【精密操作:Lv1】を獲得しました』
脳内に流れるお馴染みのアナウンス。レベルは上がっていないが、新しい開発用スキルが生えてきた。
「【魔導工学】か……。これがあれば、次の機能拡張(コンロの温度調整)の実装も格段に楽になりそうだな」
俺は新しく手に入れたスキルによる知識のアップデートを感じながら、ベッドに潜り込んだ。
カチリ、と手元でレバーを操作して部屋を暗くする。布団に入ったまま電気を消せるという、前世では当たり前だった贅沢が、今の俺にはたまらなく愛おしかった。
翌朝、このランプを見たアレンが腰を抜かして驚き、またしても「これを商品化しましょう!」と大騒ぎすることになるのだが……それはまた、別のお話である。




