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新拠点の要件定義と、魔道具のソースコード

「さて、まずはシステムの現状分析(現状把握)から始めるか」

商業都市フォルトンの一角にある、アレンの倉庫。その二階にある石造りの一室で、俺――佐藤カズト(29歳、異世界転生して数日)は、支給されたばかりの羊皮紙と羽ペンを手に、一人で机に向かっていた。

ハンスとのビジネスバトルに完全勝利し、当面の生活資金(大銅貨300枚)と、この頑丈な個室を手に入れた。全壊したあの木造小屋に比べれば、ここは天国だ。頑丈な石壁は魔獣の襲撃を寄せ付けないし、ドアにはしっかりとした鉄製の鍵がついている。スキル【危機感知:Lv2】も、今は完全に沈黙して休眠状態だ。

だが、ベッドに大の字になって一晩過ごしてみて、俺は重大なバグに気づいてしまった。

「……圧倒的に、インフラが足りていない」

そう、この部屋には、アレンが用意してくれた木製のベッドと、ガタつく机、そして椅子が一つあるだけだ。

水道はない。当然、蛇口をひねっても水は出ない。トイレは共同の汲み取り式。明かりは机の上の頼りない蝋燭が一本だけ。夜になれば部屋は暗闇に包まれ、本を読むことすらままならない。

前世でボタン一つ、スイッチ一つで全てのインフラを享受していた現代人にとって、この「中世ヨーロッパ風」の生活は、いくら安全になったとはいえ、まだまだ不便極まりないのだ。

「女神の言う『のどかなスローライフ』を、このフォルトンで私的に構築する。そのためには、まず現代並みの生活環境インフラをこの部屋にデプロイしなければならない。要件定義だ」

俺は羽ペンを走らせ、羊皮紙に「欲しいものリスト」を書き連ねていった。


1.安定した光源(蝋燭は煙いし火事が怖い。スイッチ式が理想)

2.手軽な熱源(お湯を沸かすたびにいちいち【着火】の魔法を使うのは魔力の無駄。コンロが欲しい)

3.保冷システム(アイテムボックスはあるが、部屋に常設の冷蔵庫的なものがあればQOLが爆上がりする)

4.水回り(これは流石に配管工事が必要だから長期目標か……)


書き出してみると、どれも前世では100円ショップや家電量販店で数分で手に入るものばかりだ。だが、ここは異世界。電気もガスもない。

「となると、頼るべきは……この世界の独自システム、『魔道具』だな」

俺は腰を上げ、新調した旅人服のポケットに大銅貨の袋を忍ばせると、部屋を出た。まずは市場調査だ。幸い、アレンが「街の案内なら任せてください!」と言ってくれていたので、彼と合流してフォルトンの商業エリアへと繰り出した。

「なるほど、魔道具店ですね! カズトさんの目をつけるところは流石です。でも、魔道具って凄く高いですよ?」

活気あふれる中央通りを歩きながら、アレンが教えてくれた。

彼に案内されてやってきたのは、大通りから少し外れた路地裏にある、怪しげな店構えの専門店だった。看板には『ルーンの瞳亭』と書かれ、ガラス窓の向こうには何やら複雑な模様が刻まれた金属製の器具や、怪しく光る鉱石が並んでいる。

チリン、と小気味良い鈴の音を鳴らして店に入ると、奥からパイプをくわえた白髭の老人が現れた。店主の魔道具職人らしい。

「いらっしゃい。見慣れない顔だね。冷やかしなら帰っておくれ」

「冷やかしじゃないさ。この街で生活を始めるにあたって、いくつか便利な道具を探しに来たんだ」

俺は店内に並ぶ商品を【鑑定】しながら、棚を見て回った。


> **【魔石ランプ】**

> 危険度:なし

> 特徴:下部のスロットに低品位の「魔石」を挿入することで、約20時間発光する。

> 内部構造:発光の術式が刻印されている。


「お、これだ。これだよ」

俺は魔石ランプを手に取った。デザインはアンティーク調のランタンのようで悪くない。だが、オン・オフの切り替えはどうやるんだ? 説明書きを見ると『魔石を抜くと消灯します』とある。

「……物理的な抜き差し(ハードウェアの直接操作)かよ。めんどくさっ」

前世の人間からすれば、スイッチ一つでカチカチと切り替えられないのは致命的な設計ミス(仕様バグ)に思える。

「店主、このランプ、魔石を入れたままで光を消したりつけたりする機能はつけられないのか?」

俺の質問に、老店主はパイプをふかしながら鼻で笑った。

「あんた、魔道具を何だと思ってるんだい。魔石から流れる魔力を術式に直接流して光らせるんだ。流れを止めたきゃ、源泉(魔石)を抜く。それが当たり前の理屈(仕様)さね。オン・オフを切り替えるような高度な構造を作ろうと思ったら、術式を二重に刻んで、魔力のバイパス回路を作らなきゃならん。そんな面倒なもの、高くなって誰も買わんよ」

老店主の言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に、前世で数え切れないほどの回路図やプログラムコードを書いてきたSEとしてのロジックが、パチパチと火花を散らして繋がり始めた。

(待てよ。魔力の流れを制御するバイパス回路? それって、プログラミングでいうところの『if文(条件分岐)』とか『スイッチ回路』そのものじゃないか?)

この世界の魔法や魔道具は、オカルト的な奇跡ではなく、明確な「術式ロジック」によって構築されている。ならば、その術式を書き換える、あるいは制御することができれば……。

俺はさらに、棚の隅に置かれていた、料理用の小さなコンロのような魔道具を【鑑定】してみた。


> **【簡易魔導コンロ】**

> 危険度:E(火傷の危険)

> 特徴:魔石を動力源とし、上部の金属板を加熱する。温度調整不可。

> 内部構造:『熱素生成ヒート』の簡易術式が刻印されている。


「温度調整不可、か……。強火しか使えないコンロなんて、自炊の要件を満たせないな。焦げ付くだけだ」

俺がブツブツと呟いていると、老店主が呆れたように言った。

「注文の多い客だねぇ。温度を細かく変えるなんて、一流の宮廷魔導師でもなきゃ無理だ。魔道具の術式ってのはな、一度刻んだら変えられない不変のコードなんだよ」

不変のコード。固定値ハードコーディング

プログラマーが最も嫌う、拡張性のない最悪の設計だ。

(もし、この術式の『変数』を外部から操作できたら? あるいは、術式そのものを俺の知識でデバッグ(最適化)できたら……?)

俺の胸の奥で、社畜時代には完全に死にかけていた「エンジニアとしての純粋な知的好奇心」が、ドクドクと脈打ち始めるのを感じた。

異世界スローライフ15日目。

俺は、この世界の「魔道具システム」という巨大なプログラムに、本格的なハッキングを仕掛ける決意を固めつつあった。まずは、この不便な魔石ランプを、現代的な「スイッチ式LED照明」並みに改造してやる。

「店主。このランプと、一番安い魔石をいくつか。それから……術式を刻むための専用の彫刻刀と、練習用の白台座をくれ」

「カズトさん、まさか自分で作るつもりですか!?」

アレンが驚愕の声を上げる中、俺は不敵に笑って大銅貨をカウンターに並べた。異世界スローライフなんてできるわけがない。なら、この世界のシステムを自分の手で書き換えて、完璧な「現代風インフラ」を構築してやるまでだ。

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