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取引完了と、勝利の報酬

「あ、あり得ん……こんなことが、あってたまるか……!」

ハンスはデスクに両手をつき、ぶるぶると震えながら目の前の瑞々しいブルー・ハーブを見つめていた。

ギルド公式の鑑定魔道具が導き出した『薬効:100%保持』というバグのない冷徹な結果。それが、ハンスの企みを完全に粉砕した証明だった。

「さあ、ハンスさん。仕様(契約)通りの商談を執行しましょう」

俺は懐から、昨夜アレンと徹夜で精査した『フォルトン商業ギルド規約集』の写しを取り出し、ハンスの目の前に突きつけた。

「ギルド規約第4条第12項。『ギルド職員がその裁量によって商人に売却した商品について、商人が即座に同等以上の品質のものを市場価格で逆売却(買い戻し要請)を申請した場合、ギルド側は正当な理由なき拒否をしてはならない』。……これ、ハンスさん、あなたが新人潰しのために悪用していた規約ですよね?」

本来なら、相場変動を利用して利益を出した大商人がギルドに余剰在庫を押し戻すためのルールだ。だが、今の状況ならそのままハンスに直撃する。

「ハ、ハーブは豊作だ! 今のフォルトン市場には、これ以上ハーブを買い取る余剰資金も需要も……」

「いいえ、ありますよ」

アレンがここぞとばかりに胸を張って割り込んだ。

「ハンスさん、あなたが昨日『在庫を一掃した』おかげで、今朝のフォルトン市場ではブルー・ハーブの価格が一時的に高騰しています。冒険者ギルドや神殿から『傷薬の素材が足りない』とクレームが入っているのも、僕たちはリサーチ済みです!」

「な、何だと……!?」

「つまり」と、俺は冷徹にハンスの退路を断つ。

「あなたが昨日アレンに二束三文(大銅貨800枚)で押し付けたハーブは、現在この街の市場価格で『一束あたり大銅貨3枚』まで跳ね上がっている。計800束。トータルで大銅貨2400枚だ。ギルドは今すぐ、この適正価格でアレンからハーブを買い戻さなければならない」

ハンスの顔から完全に血の気が引いた。

昨日、アレンから全財産を巻き上げて大喜びしていたハンスだったが、わずか1日後に、その3倍の金額をギルドの口座(あるいはハンスの自腹)から支払う羽目になったのだ。

しかも、自分で市場の在庫をゼロにした直後だから、言い訳も立たない。完全なセルフ経済制裁、これ以上の自爆システムはない。

「く、クソォ……! 魔法袋アイテムボックスか……! 魔法袋の中の時間停止仕様を使いおったな……!」

ハンスは血走った目で俺を睨みつけてきたが、時すでに遅し。

周囲のブースにいた他のギルド職員や、商談中だった商人たちが、ハンスの醜態に気づいてコソコソと囁き合っている。これ以上話を長引かせれば、ハンス自身の横領や職権乱用がギルド上層部に露見するのは確実だった。

「……分かった、分かったよ! 買い取ればいいんだろ、買い取れば!」

ハンスは涙目で、ガタガタと震える手で書類にサインをし、ギルドのスタンプを叩きつけた。

そして、奥の金庫からずっしりと重い革袋を取り出し、アレンの前に放り投げた。

中に入っているのは、鈍い光を放つ大量の大銅貨。

「……大銅貨2400枚、確かに」

アレンがしっかりと中身を確認し、俺に目配せをする。俺は残りのブルー・ハーブ700束をアイテムボックスからデスクの上へと一気にデプロイ(一括展開)した。

ギルドのブースが瞬く間に青い薬草の山で埋め尽くされ、ハンスはその山に埋もれそうになりながら、絶望の表情で呆然と座り込んでいた。

「毎度あり、ハンスさん。仕様通りの完璧な取引デバッグでした」

俺たちが商談ブースを後にした瞬間、背後から「ハンス、ちょっと上階の監査室まで来なさい」という、ギルド上級職らしき人物の冷たい声が聞こえた。どうやらあいつの社内評価システム(キャリア)は、今日で完全にシステムダウンしたらしい。

ギルドの建物の外に出ると、フォルトンの青空が広がっていた。

アレンは革袋を抱きしめたまま、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

「やった……やったぞ……! 破産を免れたどころか、元手の3倍になって戻ってきた……!」

「お疲れ、アレン。これで初商いは大成功だな」

「カズトさん、本当に、本当にありがとうございました! 貴方は僕の、僕たちの命の恩人です!」

アレンは涙をボロボロと流しながら、俺の手を両手で強く握りしめた。

後ろで控えていたムト老人も、「カズト殿、素晴らしい知恵でございました。さすがは、異界の英知を持つお方だ」と深々と頭を下げてくれた。

「よし、アレン。ビジネスが成功したなら、次は開発報酬ボーナスの清算だな」

俺がニヤリと笑うと、アレンは涙を拭って「もちろんです!」と力強く頷いた。

その日の午後。

俺はアレンからコンサル料として、約束通りの『大銅貨300枚』という大金をボーナスとして受け取った。これだけあれば、この街で数ヶ月は贅沢に暮らせる。

さらに、アレンの家族が管理しているという、小さな、だが頑丈な石造りの倉庫の一部を「カズトさんの専用オフィス兼自宅」として格安で貸してもらえることになった。

全壊したあの木造小屋とは違い、鍵もかかるし、雨風も完全にしのげる。何より、すぐ近くに文明の利器(商店街や浴場)がある。

「ふぅ……」

新しく手に入れた石造りの部屋のベッドに大の字になり、俺は天井を見上げた。

まだ転生して5日目だというのに、怒涛の展開だった。

(おい女神。一人で自給自足するなんてのはな、スローライフじゃなくてただの『原始的ブラック労働』なんだよ。こうして文明のシステムをハックして、インフラの上にフリーランスとして乗っかる。これこそが、大人の最強のスローライフだろ)

手元にある大銅貨の袋をチャリンと鳴らす。

俺の異世界生活は、のんびり隠居どころか、ここから本格的な「インフラ構築ビジネス」へとシフトしていく予感がしていた。だが、不思議と前世のデスマーチのような嫌な気分はなかった。自分の裁量で、自分のシステムを動かしている。その確かな手応えが、今の俺には最高に心地よかった。

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