時間停止(チート)の使い方
「こ、コンサルティング……ですか?」
アレンが涙目のまま、聞き慣れない単語に首を傾げた。
「簡単に言えば、お前の破産を回避してやるってことだ。アレン、俺の『魔法袋』はな、中の時間が停止する仕様なんだよ」
「時間が、停止……!? そんな、王族が持つような超高級品を……!」
アレンとムト老人が同時に顎が外れそうなほど目を見開いた。どうやら女神スターターセットだと思っていた俺のアイテムボックスは、この世界ではとんでもない規格外のレアアイテムらしい。
「細かいことは気にするな。つまり、このブルー・ハーブを今すぐ俺のアイテムボックスに格納すれば、消費期限のカウントダウンを完全に止めることができる。どれだけ移動に時間をかけようが、鉱山街に着いた瞬間、採れたてピチピチの品質で納品できるってわけだ」
「な、なるほど……! それなら、焦って馬車を飛ばして事故る危険もないし、確実に最高値で売れます!」
アレンの顔に一気に生気が戻り、ぶんぶんと激しく首を振った。
「お願いしますカズトさん! 荷台のハーブを預かってください!」
「よし、業務委託契約成立だ。……おい、ムトのじいさん、ハーブを触らせてもらうぞ」
俺は馬車の荷台に近づき、大量のブルー・ハーブに手を触れた。
(アイテムボックス、格納!)
ズササササッ! と、荷台を埋め尽くしていた青い薬草が一瞬で消失し、俺の脳内インベントリに『ブルー・ハーブ(品質:C)×800』と綺麗にスタックされた。
「おおお……! 本当に消えた! 荷台が軽くなれば、馬の負担も減って移動速度が上がります!」
アレンが歓声を上げる。
「さて、アレン。システムを提供したからには、当然『利用料』をいただく。といっても、俺は一文無しだからな。街に着くまでの食料、街での宿代、風呂代、そして――」
俺は自分のガビガビになった服を見下ろした。
「まともな服を一着、トータルコーディネートしてくれ。それが俺のコンサル料だ」
「そんなの安すぎますよ! 利益が出たら、ちゃんと大銅貨でボーナスも払います!」
アレンは頼もしく胸を叩いた。よし、これでひとまずは当面の生存インフラ(衣食住)の確保に成功したぞ。
家を失い、血と泥に塗れた2日間の苦労が、ようやく報われた気がした。
「よし、それじゃあ出発しよう。ムトさん、体調は大丈夫か?」
「はっ、カズト殿のおかげで、御者台を握るくらいは何のそのでございます!」
ムト老人が力強く手綱を握り、俺とアレンは荷台へと乗り込んだ。
車輪の応急処置もバッチリ機能している。カタコトと心地よい振動を立てながら、馬車はゆっくりと河原を離れ、街へと続く街道へと進み出した。
数時間後、馬車の揺られながら、アレンがアイテムボックスから干し肉と、少し固いパンを分けてくれた。
ウルフの生肉とは違い、ちゃんと塩味がする。ただの干し肉が、前世の高級フレンチより美味に感じられて、俺は危うく泣きそうになった。
「あぁ……塩だ。塩の味がする……」
「カズトさん、大げさですよ。ただの安物の補給食なのに」
アレンが苦笑するが、自給自足のガチ地獄を経験した俺からすれば、これは至高の贅沢だ。
日が落ちる頃、俺たちは街道沿いの開けた場所で夜営をすることになった。
今夜は俺一人ではない。見張りもムト老人と交代でできる。さらに、アレンが手際よく魔除けの香を焚いてくれたおかげで、フォレスト・ウルフの気配に怯えることもなかった。
「……これが、本当の『のどかな夜』か」
パチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら、俺は深く息を吐き出した。
異世界に来て3日目。ようやく、まともに眠れそうな夜が訪れたのだ。
(おい女神、見てるか。スローライフなんてのはな、強固な文明と、他者との物流があって初めて成立する贅沢なんだよ。一人で森に放り出されてできるわけねぇだろ)
心の中で、白い空間の能天気な女神に盛大な中指を立てる。
俺はもう、のんびり隠居生活なんて目指さない。この世界の文明にがっちりコミットして、前世の知識とチートスキルをフル活用し、まずは「誰よりも快適な現代並みのインフラ」を私的に構築してやる。
そのためにも、明日はついに初めての「街」への上陸だ。
干し草のベッドに横たわりながら、俺は心地よい疲労感とともに、異世界に来て初めて、深い眠りへと落ちていった。




