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熱海一泊旅行(2/4)

熱海駅に到着して驚いたのはまず人の多さだ。


日本人が多いみたいだけど、外国人も少なくない。


俺みたいに外国で育った人は温泉に興味がないかと思ってたけど、こういう昔ながらの日本を味わいたい人も多いのかもしれない。


そこまで考えて、はっと気づき隣の紀子を見た。


案の定、紀子は


「……欧米系もそこそこいるけど、やっぱりアジア系が多いな。韓国人と台湾人か……」


と完全に仕事モードで、インバウンド分析を始めている。


まずい、こうならないように観光地を避けようとしたのに、思いっきり観光地に来てしまったことに今さら気づく。


「改札、こっちだから行こう」


紀子の気をそらすように、改札の方へ引っ張っていった。


新幹線を降りたときは思わなかったけど、改札を出て駅前のロータリーに出た瞬間、微かに潮の匂いがした。


そしてほんのり香るソースの匂い。


熱海駅前はそこそこビルやショッピングセンターが並び賑わっていて、ロータリーからは昔ながらの商店街が伸びているのも見えた。


きっとあそこで色々な名物を売っているんだろう。


そのとき俺のスマホが震え、メッセージで旅館の送迎車が着いたことを伝えていた。


それを見て、また観光客分析に入ろうとしてる紀子を引っ張っていく。


「旅館の車、あっちに止まってるって。行くぞ」


指定された場所に行くと旅館の名前が書かれたミニバンが止まっていた。


乗客は俺たちだけのようだ。


紀子を先に乗せ、俺も座席に座るとドアが閉まり、車は静かに走り出した。



旅館は熱海駅から車で10分ほどとのことだった。


大体地図で場所の確認はしていたけど、すぐに傾斜のある坂道を上り出したのには驚いた。


熱海は意外と山が近いんだ。


「すげえ坂だな……」


思わず呟くと紀子は


「熱海はそうだよ。子どもの時一度だけ来たことあるけど」


とあっさりと答えた。


「え、あるの?」


「うん、あまりうち家族旅行しなかったけど、熱海には来たことある。近いしね」


「そっか。……じゃあ別の場所にしたほうがよかったかな」


すると紀子は不思議そうに言った。


「何で? 悠樹と来るのは初めてだから楽しみだよ」


そうあっさり言われ、俺は言葉を失った。




─────────────────────



沈黙が広がったまま車は坂を上り、しばらくしてある旅館の前に到着した。


運転手さんがドアを開けてくれ車を降りる。


すると中から和服をアレンジしたような制服を着た女性が出てきて、出迎えてくれた。


「矢野さま、ようこそお越しくださいました。お部屋の担当をさせていただきます、宮本と申します。よろしくお願いいたします」


丁寧に頭を下げられ、俺たちも挨拶をする。


フロントに案内され、宿泊客名簿に名前と住所を書き込んだ。


俺と紀子の名前が並んだその名簿は少し気恥ずかしい感じがする。


宮本さんに部屋に案内されたが、そこは旅館最上階の一番奥の部屋だった。


元々この旅館は老舗だったけど、数年前に新館を増築し露天風呂付きの部屋を増やしたとのことだった。


そのせいかちょっと離れっぽい感じがした。


通された部屋は広い和室とその隣に大きなベッドが二つ並ぶ寝室があり、部屋から直接繋がったバルコニーに露天風呂が見え、その向こうに熱海の海が広がっていた。


宮本さんは和室の真ん中に置かれたテーブルの上でお茶をいれながら、説明してくれた。


「お部屋食は6時にお運びいたします。あちらの冷蔵庫にお飲み物を準備いたしておりますので、ご自由にお飲みください。お風呂は既に準備が整っております。お湯が冷めないように蓋をしておりますので、お入りになるとき以外は蓋をされるのをお勧め致します」


それでは失礼いたします、と言って宮本さんは出ていき、部屋には俺たち二人だけが残された。


いつも家で二人で過ごしてるのに、いざ二人になると少し落ち着かないのはなぜだろう。


でも紀子はいっこうに気にする気配もなく部屋を興味深く見回し、そしてそのままバルコニーの方へ向かった。


「……海がよく見えるね。お風呂も気持ち良さそう。早速入る?」


そういいながらこっちを振り向く。


「……う、うん。入る」


言いながら俺は、荷物を部屋の隅に置いた。





─────────────────────



しばらくバルコニーから海を見ていた紀子は、ふと思い立ったようにこっちへ来た。


「私、ちょっとお手洗い行くから、先入っといて」


そう言って洗面所の方へ消えていく。


その姿を見送ってから、俺もバルコニーへ近づいた。


バルコニーへ出るスライドドアの横に脱衣籠があり、その上の棚にバスタオルとフェイスタオル、浴衣、そしてバスローブがあった。


バスローブは助かるな。


体拭かなくてすむし。


ドアを開けると香る潮の香り。


海から少し離れているけど眼下には熱海の駅と建物が並んでいるのが見えた。


これは夜景も綺麗かも。


そしてそこには長方形の湯船があり、中にはお湯が満たされていた。


横からお湯が涌き出ていて、かけ流しのようだった。


蓋を開けるとふわっと檜の香りが広がる。


手を浸すとお湯の温度は少しぬるめでちょうどいい。


紀子はまだ来る気配がないので、服を脱いで脱衣籠にいれ、軽く掛け湯をしてそろそろと浴槽に入る。


二人で入っても余裕のあるサイズ、そして目の前には熱海の町と海。


それを見ながら俺はお湯が体に染み入ってくるのを感じた。


気持ちいい。


普段お湯に浸かる習慣はないけど、これからは入ろうかな。


そう思ってるとスライドドアが開いて人が来る気配があったので振り向くと、そこには全裸の紀子がいた。


一瞬固まってる俺をよそに、お湯に手を入れ


「湯加減どう?」


と聞いてくる。


「……う、うん。ちょうどいいよ」


「そっか」


そう言って紀子も隣にゆっくりと体を沈めた。


体は触れあわない距離だけど、何でこんなにドキドキするんだ。


お互い裸なんて見慣れてるはずなのに。


「緊張してるの?」


紀子にあっさり見抜かれる。


「……うん」


すると紀子は軽く笑った。


「今さら?」


俺は紀子を直視できず、海の方を見た。


そうだ、こいつは初めて寝たときも全裸でベッドに上がってきたんだった。


俺の考えをよそに紀子はしばらくだまって海を見つめながらお湯に浸かっていたが、ボソッといった。


「気持ちいいね。波の音、微かに聞こえる。……こうやってじっくり波の音聞いたの、久しぶりかも」


そう言う紀子の顔は、いつになく穏やかでリラックスしてるように見えた。



「……これからも、二人で出掛けよう」


俺の言葉に紀子はこっちを向いた。


「まあ、お互い仕事もあるからしょっちゅうは無理かもだけど、有給も取れるしこれからはいろんな所へ行こう。俺、お前と思い出作っていきたい」


紀子はしばらく目を丸くしたあと、ふわっと微笑んだ。


「そうだね。楽しみにしてる」


その笑顔を見て思わず抱き締めそうになったけど、俺はざばっと湯船から立ち上がった。


「……ダメだ、俺。のぼせてきた。普段お湯に浸かり慣れてないから、ちょっとクラクラする」


そう言い浴槽を出て、かけてあるバスローブに手を通しながら紀子を見た。


「お前はまだ浸かってろよ。俺はちょっとベッドで休むわ」


お湯に浸かるって結構体力消耗するんだな。


そう思っていると、紀子は軽くうなずいた。


「分かった。私はもうしばらく浸かってるから」


少し間を置いて、紀子はゆっくりと微笑んだ。



「ベッドで待ってて」


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