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官僚たちの明けない夜

(矢野視点)


 時計を見ると5時前だった。


 それが午前なのか午後なのか一瞬迷い、午前だったと思い出す。


 そして俺が今いるのは省内の自席だ。


 もう丸2日はほとんど寝ていない。


 周りを見ても机に突っ伏して寝てる人、椅子を並べて仮眠を取っている人、無言でパソコンに向かっている人もいる。


 ほぼ全員が疲れ果て、ゾンビか屍のようになっているが、これには訳がある。



 総理が衆院解散総選挙を発表したからだ。



────────────────────



 総理大臣は俺たち官僚の最高トップだ。


 総理が解散と言えば、官僚の現場は一斉にひっくり返る。


 命令系統も予定も、全部「仮」になる。


 その対応に全ての官公庁はてんやわんやで、もちろん外務省も例外ではない。


 他国には例え政権が替わっても日本の政策は揺るがないと言う告知を行わなければいけないし、これからの外交スケジュールも全て仮状態になる。


 日本国内は選挙モードになっても他国には関係はなく、日常業務も平行して行われる。


 その上で今回の解散から投開票までが戦後最短の選挙は、官僚にとって災害レベルで過酷な業務を強いられているわけだ。


 そして俺が担当しているのは在外投票の調整。


 外国に住む邦人が投票できるよう、現地の大使館と調整し投票場を設ける。


 それは大使館で行われることもあるし別の場所の場合もあるが、現地の治安や情勢により現場の判断が重要になる。


 さらに投票用紙は郵送で日本に送られるため早めに締め切ることが多く、国によっては郵便事情が悪いのでさらに早く切り上げられることになる。


 要は期間の短い選挙は、それだけ色々タイトなのだ。



 ……一瞬意識が飛びそうになって、気分を変えようと立ち上がった。


 とりあえず自販機でコーヒーでも買うか。


 そう思い休憩コーナーの自販機を見たが、エナジードリンクやブラックコーヒーは全て売り切れになっていた。


 みんな考えることは同じか。


 仕方ないのでまだ残っていた加糖のカフェオレを買う。


 普段は飲まないけど、今は糖分とカロリーを摂取するのも必要かもしれない。



 缶を開けて1口流し込む。


 甘味と少しの苦味が沁みる。


 ……もう家にも3日は帰ってない。


 そして紀子にも会えてない。


 あっちも大使館との対応で手一杯で、LINEで事務連絡はするものの完全にすれ違いになっていた。


 すぐ上のフロアにいることは分かっているのに、なかなか会えない。


 そのもどかしさでモヤモヤが増し、カフェオレをまた1口流し込んだとき、人が来る気配があった。


 そこには紀子がいた。



─────────────────────



 紀子も俺がいるとは思ってなかったようで驚いたようだったけど、すぐに落ち着いた声で話しかけてきた。


「お疲れさまです」


「……お疲れ」


 紀子も自販機に向かったけどほとんど売り切れている状態を目の当たりにし、しばらく悩んで俺と同じカフェオレを買っていた。


「……昨日帰ったんだよな?」


 商品を取り出しながら紀子は答える。


「うん、洗濯機回しといた。悠樹の服も洗っといたから。シャツはシワだらけだけど」


「いいよ、そんなの。助かる、ありがとう」


 すると紀子はこっちを見た。


「……顔色悪いね。食べてる?」


「なんとかカロリーメイトで繋いでるよ。そっちこそ目の下の隈すごいじゃん」


「私は昨日帰ったとき、少し仮眠取ったよ」


 ……何気ない会話だけど、疲れきっていた頭が少し元気になってきた気がする。


 単純だな、俺も。



 そう思っていると、紀子がじっとこっちを見ていることに気づいた。


 視線が合っても、逸らさない。


「どうし……うわっ」


 突然、紀子が抱きついてきた。


 顔を俺の胸に埋めてじっとしている。


 突然のことに俺が固まっていると、しばらくして紀子は何事もなかったかのように離れた。


「……うん、悠樹の匂い嗅いだら落ち着いた」


「……」


「あともう少しだから、お互い頑張りましょうね、矢野さん」


 そう言って紀子はカフェオレを手に休憩スペースを後にした。


「矢野さん」と呼ばれたことがなぜか胸に残り、一人残された俺は頭を抱えた。




「……何なんだよ、あいつ……」



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