一生かなわない
「矢野、突然何……」
玄関に入りドアを閉めた瞬間、後ろから抱き締められた。
靴を脱ぐ暇もない。
「……何だよ、あれ」
「何が?」
「あいつだよ、志水。今日もお前、触られてただろ」
「触られたって、髪についたゴミを取られただけだよ。突然だったし、すぐに離れたし……」
そのまま、ダン!っと壁に押し付けられる。
「痛……何」
「いい加減、触らせんなよ」
「触らせてない」
「触らせてたじゃん」
……話が堂々巡りだ。
「……この話、何回目?もういい。離して」
掴まれた肩から逃れようと身をよじる。
すると今度は腕を掴まれ、そのまま壁に縫い止められた。
力を込めて逃れようとしてもびくともしない。
「矢野、な……」
顎を掴まれ顔を上げさせられると、唇を押し付けられた。
「……っ」
顎をガッチリ掴まれ身動きが取れない。
息継ぎもままならないくらい、激しく押し付けてくる。
矢野は普段からキスがしつこいけど、この時はいつもと違った。
余裕がまるでなくて、ひたすら自分の感情をぶつけてくる。
いつになく強引な矢野に私も精一杯抵抗していたけど、ふと力を抜いた。
私の様子が変わったのを察したのか、矢野が顔を離した。
至近距離で目が合う。
「あ……」
そこでようやく、矢野は我に返ったようだ。
「……悪い」
腕を掴んでいた力が徐々に緩んでいく。
掴まれていた腕を思わずさする。
明日には痣になるんじゃないだろうか。
矢野はみるからに落ち込んでいる。
腕をさすりながら、私は矢野に聞いた。
「矢野は私に、何をしてほしいの?」
「俺は……」
矢野は顔を歪ませながら、視線をさ迷わせる。
「……俺はお前を、俺だけのものにしたい」
私は軽くため息をついた。
「もうとっくにそうなってるよ」
「え?」
こちらを見る矢野に、私は左手を見せる。
「矢野がどうしてもって言うからこうやって指輪もしてるし、入籍の日も決めたじゃん。まだ疑ってるの?」
「いや、疑ってはないけど」
「……まあ」
私は敢えて矢野にぐいっと近づく。
「矢野が不安になるのは仕方ないと思うよ。だから」
そして矢野の顔に軽く触れる。
「たまにはこうやって、感情ぶつけてもらって構わないよ」
矢野が目を見開いてこちらを見る。
「そう言う矢野もかわいいって思うから」
すると一気に抱き締められた。
「俺、お前に一生敵わない気がする」
「勝てるつもりだった?」
「……そんなことないけど。もういいや、俺、負けっぱなしで」
抱き締めてくる矢野の力は強かったけど、少しだけその手が震えてる気がした。
矢野の背中をゆっくりとさする。
「大丈夫。私は悠樹のものだよ」
そう言うと矢野は無言で、顔を私の肩に押し付けた。
肩口が、ほんの少しだけ熱を帯びて濡れた気がした。




