就活ブースに立つ二人(学生視点)
「まさか翔太も来るとは思わなかった」
そう言う彩佳はバッチリ、リクルートスーツに身を包んでいた。
「いや、話聞きに行くだけだし。俺はまだ民間か公務員かも決めてないから」
この日俺たちが来たのは、官公庁の合同説明会だった。
会場は普段から大きなイベントが行われてる展示場で、集まってる省庁のブースも参加している学生たちもすごい数だった。
学生のほとんどが俺みたいに、シャツにジャケットといった少しかっちり目の格好が多かったけど、たまに彩佳みたいにガチのスーツの学生もいた。
「私は官公庁が第一希望だもん。今日はしっかり話を聞かなきゃ」
そう言う彩佳は気合い十分という感じだった。
彩佳と俺は幼馴染みで小学校低学年くらいまでは一緒に遊んだけど、そこから徐々に疎遠になり、大学に入りバイト先のカフェで再会、そこからまた話をするようになった。
「官公庁って?どこか狙ってるところあんの?」
「一番は外務省かなあ、私、国際問題に興味あるし。後は国交省か経産省かな」
「へ、へえ……」
しっかり目標を見据えてる彩佳はすごい。
子供の時からしっかり者という性格ではあったけど。
「翔太は?どこに興味あるとかある?」
話を振られ口ごもる。
「……今は特に。俺は経済学部だから、外資や貿易関係もありかなって悩んでる」
「なるほどねえ……」
言いながらそれぞれのブースを見て回る。
すると多くの人が足を止めてるブースがあった。
彩佳も気になったようだ。
「あそこ人多いね?」
見てみると、そこは外務省のブースだった。
官公庁のブースはそれぞれに案内係の職員が立ち、中で相談や説明を行う職員が待機している形態を取っていたが、その外務省の案内係を見て、人だかりができる理由が分かった。
案内係で立っている二人の男女の職員が、ひときわ目立っていたからだ。
二人は年齢が30代後半と見られたが、男性は背が高くチャコールグレーのスーツをビシッと着こなして堂々と立っている。
女性も細身だけど、ネイビーのパンツスーツを着た立ち姿が凛として輝いていた。
周りの学生たちがざわめいてるのが分かる。
「何?あの二人」
「モデル?いや外務省ブースだから官僚だよね?」
「エリートオーラすげえな……」
すると彩佳が目を輝かせ、
「私パンフレットもらってくる!」
と言って、その女性官僚の方へ走って行った。
俺もせっかくだしと思い、男性官僚の方へ声をかけた。
「すみません、パンフレットいただけますか?」
すると男性官僚は、ニコッと微笑んでパンフレットを渡してくれた。
「どうぞ、外務省に興味を持っていただいてありがとうございます」
首から下げた名札には「外務省 国際安全保障企画課 課長補佐 矢野」とあった。
この若さで課長補佐ということはキャリア官僚か。
「官僚志望ですか?」
矢野さんはにこにこしながら話しかけてくる。
「あ、いえ……。決めかねています。社会情勢とかは興味があるんですが」
「そうですか。色々見比べて決められるといいと思いますよ」
この矢野さんって人、コミュ力高くてエリートでイケメンとか、天はこの人に何物与えたんだよ。
「……あの、官僚の仕事って激務って聞きますけど、本当ですか?」
すると矢野さんは、軽く笑った。
「……確かに昔はかなり過酷でしたけど、でも今はかなり労働環境は改善されましたよ。残業時間もかなりセーブされてきてますし」
「そうなんですね」
「はい、なので」
矢野さんは大人の余裕といった微笑みを浮かべた。
「是非、官僚も候補に入れていただけると嬉しいです。楽しいですよ。国を動かす仕事は」
……男が憧れる男ってこんな感じなのかもしれない。
ここまでつき抜けられると羨ましいというより、雲の上の人みたいだ。
「ありがとうございます」
俺は慌ててお辞儀をしてその場を去ると、待ち構えてたとばかりに別の女子学生が矢野さんに話しかけていた。
その学生たちにもにこやかに対応している。
なんだか官僚に対するイメージが変わったな。
少しブースから離れたところで彩佳を探すと、まだ彩佳は女性官僚と熱心に話していた。
その女性官僚は矢野さんと違いあまり表情は変えなかったけど、何かの話をきっかけにふわっと笑った。
その笑顔の破壊力がえげつない。
周りの学生たちも息を飲むのが分かった。
しばらくして彩佳は戻ってきたけど、少し興奮していた。
「いっぱい質問しちゃった」
「何を聞いたの?」
「官僚は女性にとって働きやすいですか?って。『公務員は完全に男女平等だし福利厚生も整ってるから、働きやすいと思います』だって」
「へえ」
「あとね、気づいた?あの二人お揃いの指輪してたの」
「指輪?」
そう言えば矢野さんは薬指に指輪してたな。
「でも普通にシンプルなリングだったよ。たまたま二人とも既婚者だったんじゃない?」
「分かってないなあ」
彩佳は少し呆れたように言った。
「あれは見た目はシンプルだけど、知る人ぞ知る日本ブランドの指輪だよ。
たまたまそれをつけた二人が並ぶって考えづらい。あの二人夫婦だよ」
そう言いながら外務省ブースを振り返る。
「いいなあ。外務省カップル。私もやっぱり外務省にしようかな」
「おまえ、それで選ぶの?」
俺も振り返って改めて二人を見てみたけど、主に学生対応、たまに言葉少なに会話してるだけで、仕事仲間の関係にしか見えなかった。
それを彩佳に言うと
「当たり前じゃん。官僚が公務でプライベート出すわけないでしょ」
とピシャリと言われた。
「……でも、俺も外務省目指そうかな」
すると彩佳が少し驚いたように言った。
「え?でも外務省目指すならTOEIC900は必要だよ?」
「900!? ……俺この間680だったなあ…」
「ああ、それじゃあかなり勉強しなきゃね。私もギリ800だからなあ」
彩佳は何か決意を固めたように言った。
「さっきの斎藤さんが三か国語いけると有利って言ってたから、第二外国語で取ってるフランス語も頑張るわ」
「え? フランス語もやるの?」
「フランス語って意外と英語より簡単なんだよ。翔太もやらない?」
「……いや、俺は英語だけで精一杯かな……」
そう言うと彩佳はニコッと笑った。
「一緒に頑張ろうね」
改めて外務省ブースを振り返ると、斎藤さんというらしい女性官僚と目が合った。
斎藤さんはこちらの考えを見抜いたのか、穏やかに微笑みながら、はっきりと言った。
「迷われてるのは、ちゃんと考えている証拠です。私たちは一緒に働ける日を楽しみにしています」
その言葉に、俺の背筋は少しだけ伸びた。




