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第31話 綾小路ことねは終に

 学校の朝が始まる。教室を見渡すと凛花の姿がない。体調不慮、あるいはなにかあった? 心が落ち着かない。……とそわそわしていたら教室に入ってきた。そこに声をかけようとしたところにチャイムがなる。

 その後、授業の間の休憩時間に接触を図ろうとするも――


「おい凛花……」


 逃げる。


「ちょっと」


 逃げる。


「待って……」


 逃げる。何があるのか知らないがとにかく避けられている。


「今度こそフラれたか斗真?」

「いや、なんなんだろう」


 皆目見当がつかない斗真。何故逃げるのか。

 しかし、昼休みになれば逃げきれないだろう。そこで問い詰めるしかない。


 そして迎えた昼休み。


「おーい凛花──」


 近づいて話しかける。目もあった。だがその上で逃走を図ろうとした。


「いやいや! さすがに待つだろ!」

「斗真くん。悪いけれど今はその"命令"を聞けないわ」

「いや命令とかそういうんじゃなくて、普通に話が──」

「まだ、私ではないわ。ちゃんとみんなと向き合うのよ」

「それって・・・・・・」


 今日一日を思い出す。ユナに紗良、この二人と会って来たが、それらは偶然などでは無い、と。

 彼女らはいつもと違って大胆な接触をとってきた。今日はそういう日・・・・・・?


「さあ、教室を出なさい。あなたを待っている人がいるわ」


 そう言われて外に出ることになった。次の人って誰なんだろう。と、思うもつかの間。その人物が現れる。


「トーマ・・・・・・」


 ことねだった。唾を飲み込む。ことねも、そうなのか?


「ねえトーマ。ついてきて」

「おう・・・・・・」


 雰囲気は普段と変わらない、様に見える。なんとなく、いつものゆるっとした感じではなく、強ばった、とでも言うべきか。緊張を感じる。

 ついていくことしばし。たどり着いたのは屋上だった。


「うん。誰もいないし、風通しもいい。いいところだね、屋上」

「ああ。開放感があるよな」


 努めて、いつも通りを装う。ことねにも特別な思いがあるのだろうか。


「お弁当、あるんだ。食べよ?」

「ああ」


 そうして屋上で昼飯が始まった。開放感と涼やかな風を感じながら食事を摂る。・・・・・・と思っていたが。


「わたしさ・・・・・・」

「うん?」

「知ってるんだ。トーマが誰を好きなのか」


 喉の強ばりを感じる。なんだか尋問でも始まるんじゃないかと、そんな気がする。


「トーマは──」

「・・・・・・」

「皇城さんが好き、なんでしょ」


 ・・・・・・。

 皇城、すめらぎ・・・・・・。


「真雪先輩?」

「やっぱり。名前で呼ぶんだ」

「いやこれは、向こうがそう呼べと・・・・・・」

「今も。体裁を作らずにそう呼ぶんだ」


 ことねは普通に話している。・・・・・・はずなのに、言霊? のように。まるで言葉で叩かれているような・・・・・・。


「で、どうなの? 告白とか、する?」

「し、しない。別にあの人が好きってわけじゃ・・・・・・」

「嘘だ、私知ってるんだから」

「何を?」


 箸で摘まれた卵焼きが切断された。ことねはちょっと困った様な顔をしながら言葉を吐く。


「……トーマが持ってる本にあの人(すめらぎ)みたいな人がいるの」

「! な、なんでそれを……」

「こないだ家におじゃましたとき……」

「いつの間に……」


 だが隙を見せたのもいけなかった。あのお泊りの時、斗真が風呂にでも入っている時だろう。ことねと妹をフリーにしたのがマズかった。……どこまで知っているんだろう。


「あ、あのな。ああいうのはいわゆる好きとは違うというか……」

「でも胸のおっきい人の方が好きなんでしょ?」

「そ、それは……」


 男子的にキツイ詰められ方をする。どう答えたものか。


「違うっていうなら――私の事はどうなの?」

「ことねは……」


 言葉に詰まる。何を言えばいいのか分からなかった。彼女の目が、じっと斗真を射抜いていた。

 生まれた少しの間に、差し込むようにことねが告げる。


「……”演技”だよ」

「え……」

「私は、最初からかかってなんてなかった。全部それっぽい演技」


 かかってなかった。と言われる。本当なのか。


「全部。全部だよ。トーマが好きそうな事を全部やってみた」

「……」

「でもそうじゃない。好かれるために演技をしたけど、好きになってほしいのは本当の私」


 斗真の袖を掴むことね。なにかにすがるような、そんな小さな手。


「——好きって言って。嘘でもいい。言って欲しい」

「ことね……」

「私は言うよ。——好き。愛してる」


 掴まれていた袖の手に優しく手を添える。


「演じてみてよ。私のことが好きな斗真を」


 そう言って掴んだ斗真の手を自分の胸の前まで持ってくる。


「いいよ。好きにして」


 誘われる手は、そのまま――。


「——あれ?」


 ことねは涙を流していた。大粒の涙が両目から溢れる。


「なんで……。わからない。私は――」


 袖で涙を拭うことね。感情の爆発か。彼女の中で心が乱れる。


「ことね……」

「分からない。何が演技で、何が本物なのか。分からない」


 苦しそうに答えることね。言葉が頭からではなく喉から勝手に溢れているような、そんなふうに見える。


「トーマが好きなのは、本心。——なのに、それが演技じゃないって言いきれない」


 自己矛盾に陥り困惑する。


「もう、自分で自分が分からない。長く、自分をだまし続けたみたい。——好きって。トーマに言われて、やっと自分に戻れる気がする」


 苦しみながら訴えるそれはもはや慟哭に近かった。


「・・・・・・ダメ。"この答えは"、ダメな気がする」

「ことね・・・・・・」

「やっぱり忘れて。他のみんなをよろしくね──」


 そう言って、"逃げようと"することねを、放っては置けなかった。


「ことね!」

「?」

「忘れない。ことねが俺を思ってくれていることも、それで苦しんでいることも。──俺は受け止めるから」

「──」

「・・・・・・また、明日な」

「・・・・・・うん」


 そうして二人は別れた。一人、屋上に残った斗真は学校を見下ろしながら、腹を括るのだった。


     *     *     *


 屋上から降りてきたことね。それを待っていた真雪。


「気はいくらかマシか?」

「ううん。今にも吐きそう」


 笑顔でそう答える。チグハグが不気味に映るが真雪は受け入れる。


「そっか。今日が終わっても明日があるもんね」

「……まぁ、な」

「私たちの日常は続く。今日を超えて」


 涼やかに答える。その声ははっきりとしていて、憂いなどないように。


「……ああ。今日は、終わりだ」

「——」


ことねは静かに去る。明日はある、今日は終わる。今は――。

お読みいただいてありがとうございます。

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