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第32話 葛城一葉は不器用で

 午後の授業も終わりじきに放課後になる。

 凜花は……多分話を聞かないだろう。となると、順番は……。


「藤宮斗真」


 声が掛けられる。ここではあまり聞かない声だ。


「雪ちゃん」

「おお、いつの間にそんな呼び方をするように。まあいい、ついてこい」


 珍しい事もあるもんだと後をついていく。

 連れられてきたのは校舎裏。


「分かっているだろうが――」

「はい。大体は」

「なら――不器用なあの子を頼む」


 というわけで待つ。連れてこられたという事は来るということだろう。

 ……。冷える。


「とっ、斗真!」

「一葉」


 待ち人来る。さて……。


「……ごめん、待たせた?」

「いや、今来たところだ」


 口にした言葉は、使い古された言い訳めいていた。だけど、それが一葉を少しでも落ち着かせるなら、それでいい。

 一葉は息を切らし、制服の裾を握りしめていた。指先に力が入りすぎて、白くなっている。


「貸して」


 そういって俺の手を取る。


「冷たいじゃない」

「いつもそうなんだよ」

「ふーん……」


 そうはいいながら手を離さない。彼女の手も十分には暖かいわけではなかった。互いに温め合うにはいくらか物足りない。


「寒くないか? 場所を変えてもいいんじゃないか?」

「ううん。ここがいい。——この場所が、いい」


 一葉は普段軽い空気を纏っているが、今日だけはシャンとした、というか、フォーマルな空気感というか。


「……斗真。今日ね、授業中ずっと考えてたの」

「何を?」

「わたし、なんで生きてるんだろうって」


 唐突に落ちる重たい言葉に、息をのむ。


「お、おい――」

「や、死ぬとかじゃないよ?」


 一葉は笑った。笑ったが、その笑顔はまるで壊れかけたガラス細工のように脆く映る。


「だってね、わたし……ずっと、誰かのためになりたかったんだ。でもさ、演奏しても、練習しても……誰も、ちゃんと見てくれない」


 多才な彼女のことだ。斗真の知らない一面もあるだろう。


「……そんなことないだろ」

「あるの! だって、斗真も……あの日、わたしがどれだけ勇気出したか、分かってないでしょ?」

「あの日……?」


 一葉は顔を上げた。目の奥に涙を溜めながら、必死に笑っている。


「ねえ、見てよ。わたしのこと。今だけでいいから」


 伸ばされた手が、制服の袖を掴む。冷たい。指先が震えている。


「……ほんとはね、今日、帰りたくなかったの」

「帰りたくないって……」

「だって、家に帰ったら、わたし……“ただの葛城一葉”になっちゃうから。誰も特別だって思ってくれない。ねえ……わたし、斗真にとって、特別になれない?」


 必死な声。泣き出しそうで、泣けない声。

 彼女を取り巻く環境は苛烈なものだったのだろうと知る。


「言ってよ。“好き”って。……それで、わたし、今日を生きていいって思えるから」


 その言葉に、胸が痛む。

 軽々しく言える台詞じゃない。言ってやれば、救ってやれるのだろう。


「一葉……お前は、特別だよ。俺にとって」


 ――少し、濁した。その一言が、引き金になった。


「……ほんとに? わたし、信じていいの?」


 葛城は一歩、距離を詰めてきた。


「斗真……ほんとに、ほんとに私のこと、見てくれてる?」

「――ああ」


 嘘じゃない。でも、それが“恋”という感情と直結しているかと問われれば、答えに詰まる自分がいた。

 その沈黙を感じ取ったのだろう。一葉は小さく息を呑んだ。


「……やっぱり、わたしだけが、ずっと走ってたのかな」

「違う。一葉、お前のこと、見てた。ちゃんと。ずっと」


 葛城は小さく首を振った。


「見てた、じゃなくて。“好き”って言ってくれなきゃ、わたし、ダメになっちゃうの……!」


 叫ぶようにして言ったその声は、張り詰めていた糸が切れる寸前のようで――


「……誰かの一番になりたかったの。演奏でも、笑顔でも、恋でも、なんでも……。全部全部、わたしなりにやってきたんだよ」

「……知ってるよ」

「じゃあ、なんで……」


 葛城は制服の裾をぎゅっと握りしめ、顔を上げた。


「ねえ。好きって、言って。お願い、斗真……“わたしがここにいていい”って、証明して」


 泣いていた。唇が震えていた。

 強がっていたはずの笑顔が、崩れていく。

 もしこの瞬間、彼女を否定すれば――彼女の心は、たぶん、本当に壊れてしまう。

 それが分かった。

 だから――。


「——ありがとう」


 そう、答えた。


「それは……どういう……」

「実は、俺も同じだった。俺っていてもいいのかなって、悩んでた」

「——」

「全部、一葉が言ってくれた。俺も、それだけ思われているんなら、まだまだ生きていていいんだって思える」

「斗真……」


 不安、不完全。そんな人間の”垢”のようなものを詰まらせていた二人が――。


「——俺は、明日も生きていける」

「……わたしは――」

「”また””明日”な」

「! ——うん!」


 そう約束して二人は別れた。


     *     *     *


「……存外元気だな」

「うん! なんかすっきりした!」

「私の勝手だが、もっと嫉妬深いかと思ったが」

「嫉妬もあるけど、それも受け入れてって感じ」


 一葉は明るく、暗さのかけらも見せなかった。


「私の役割もここまでか」

「最後の……。星野凛花の所にはいかないの?」

「ああ。私が行く必要はないだろうと思ってな」

「ふーん……」


 そうしてこの二人も分かれた。

 一人、生徒会室に戻る真雪。


「ふぅ……」


 一息つく。このハーレム騒動も終わるだろう。そう思って――。


「——え?」


 彼女の計算が狂う。


お読みいただいてありがとうございます。

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