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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第二章 綴りの夜

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7/23

③ 綴り

 ミモザが盆を置いたあと、何気ない口調で言った。

 

「今日は鏡の間へ行かれるかもしれません。セレスティア様が、昨夜の件で確認が必要だとか」

 

 花凛の指先がぴくりと動く。鏡廊。鏡の間。名前は少し違うが、無関係とは思えない。

 

「それと」とミモザが続ける。「レイナ様は、鏡に嫌われてはいませんから。あまり怖がらなくても大丈夫ですよ」

 

 花凛はふっと顔を上げた。嫌われていない。それは、深く関わっているとも取れる言い方だ。

 

 ミモザは特別な含みを持たせたわけではないように見えた。ただ館の者として知っていることを口にしている。だから余計に難しい。


 この子は何かを企んでいるわけじゃない。ただ、ここで育って、ここで働いて、この館の空気のなかで息をしている。

そうして自然に見聞きしたことが、別の誰かの耳へ届いていく。本人の意思とは別のところで。

 

 可愛い。柔らかい。よく気がつく。たぶん悪い子ではない。けれど、だからといって何もかも安心して話していい相手とも限らない。それが、この館の息苦しさなのかもしれない。

 

 そのとき、扉がまた開いた。

 

「起きているか」

 

 ユリウスだ。今日は深い藍色の着流しに近いものを着ている。それでも立ち姿はいつも通り、どこかを常に監視しているような目だった。

 

 ミモザがぺこりと一礼し、静かに部屋を出ていく。その背中を見送りながら、花凛は息をついた。

 

 机の上に、細長い黒漆の箱が置かれていることに気づいたのは、そのあとだった。

 

「昨夜の礼だ。セレスティアが置いていった」

 

 箱を開けると、糸が一巻き入っていた。

 

 白でも銀でもない。月の裏側みたいな、ほんの少しだけ青みがかった白。触れる前から、静かな何かを帯びている気がした。指先で触れた瞬間、手のひらがじんと温かくなる。

 

「封印布の元糸だ」

 

「知ってる。昨夜縫ったとき、この感触に似たものがあった」

 

 ユリウスの目が細くなった。

 

「なぜ分かる」

 

「布が鳴いてた。苦しそうに」

 

 少しの沈黙があった。

 

「ユリウス、聞いていい」

 

「なんだ」

 

「綴りって、どうやるの」

 

 ユリウスが窓の外に目をやる。夜がゆっくり開け始めていた。

 

「糸に意志を込める。織るとき、または縫うときに、守りたいものや意味を流し込む。言葉じゃなくていい。強く思うだけで、糸は受け取る」

 

「……わたし、昨夜もしかしてそれやってた?」

 

 ユリウスは答えなかった。でも、否定もしなかった。

 

「綴りを知る者は、今この国にいない。だから封印布は誰にも直せなかった」

 

「レイナは知ってたんでしょ」

 

「ああ」

 

「だから、封印に関わってたの」

 

「レイナが何をしようとしていたかは、まだ言えない」

 

「なんで」

 

「君を、必要以上に巻き込みたくないからだ」

 

 花凛は少し考えて、言った。

 

「もう十分巻き込まれてる。それより、巻き込まれたまま何も知らないほうが怖い」

 

 ユリウスがこちらを見た。その目に、何かが揺れた気がした。責任感でも警戒でもない、もっと個人的な疲れに近い何か。

 

「……少しずつなら、話せる」

 

「うん」

 

「今夜、塔へ行く。その前に、ひとつだけ」

 

 ユリウスは短く息を吸った。

 

「レイナは、この世界がどうやって作られたのかを知ろうとしていた。そのために、触れてはいけない場所に踏み込んだ。鏡の、奥だ」

 

 花凛の背中が、ひやりとした。

 昨夜、鏡廊でレイナと話した。あの目の奥。

 

「レイナは今、どこにいるの」

 

「鏡の中と、君の身体の間。どちらにも完全には戻れない状態だ」

 

 窓の外で、遠く朝の鐘が鳴り始めた。昨日は異変を告げる不吉な音に聞こえたそれが、今朝はまるで幕開けの合図みたいに響く。

 花凛は枕の下の鏡片の感触を確かめた。

 

 封印布を縫い直すこと。レイナが踏み込んだ鏡の奥のこと。この世界がなぜ作られたのか。全部が、糸のように繋がっている。まだ端しか持っていない。


 でも、手の中にある。

 

「……塔、行こう」


 花凛は立ち上がった。

 

 ユリウスが、かすかに目を瞬かせた。

 

「ああ」

 

 短い返事だった。でも、昨夜より少しだけ、重さが違った。


ランキング3位も上がって213位でした!!


うれしい悲鳴です、ありがとうございます。


感想とか頂けたら泣いて喜びます。

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