⑥ 湯上がりの布
浴室を出ると、柔らかい布が用意されていた。
タオル、というより、薄くて吸水性のある布。
手触りはなめらかで、現実のタオルほど毛羽立っていない。
花凛はそれで髪を拭きながら、思わず布をまじまじと見た。
「これ、何の素材ですか」
扉の外から、ルカの声が返る。
「水糸草を混ぜた織物です。乾きが早く、肌に残りにくい」
「めっちゃいい」
「めっちゃ」
「かなり良いという意味です」
「承知しました」
着替えとして用意されていたのは、ゆったりした湯上がり着だった。
前合わせで、帯のような紐で軽く留める形。
でも締めつけは弱い。
花凛は袖を通した瞬間、目を輝かせた。
「これ、いい……!」
布が軽い。
肩が楽。
肌に張りつかない。
身体の線を隠しすぎず、でも締めつけない。
サリーやドゥパッタの資料を見た後だからか、余計に布の流れが気になった。
前合わせ。
腰の紐。
肩から落ちる布。
余白。
これを発展させれば、湯上がり着にも礼装にもできるかもしれない。
花凛は浴室を出た。
外には、ルカとユリウスとミモザが待っていた。
ユリウスは完全に壁の方を向いている。
「ユリウスさん?」
「見ていない」
「まだ何も言ってないです」
「見ていない」
その頑なさに、花凛は少しだけ笑いそうになった。
ミモザは花凛の服を見るなり、ぱっと表情を明るくした。
「花凛様、顔色が戻っています」
「戻った。かなり戻った」
「湯に浸かるというのは、本当に戻ることなのですね」
「うん。戻る」
花凛は自分の袖を軽く持ち上げた。
「あと、この湯上がり着がめちゃくちゃいい。締めつけないし、乾きやすそうだし、身体が楽」
「身体が楽な衣」
ミモザはその言葉を大事そうに繰り返した。
ルカは花凛の様子を確認し、穏やかに頷く。
「お顔の色が戻りましたね」
「戻りました。完全に戻りました。お風呂すごい」
「それは何よりです」
「この布もすごくいいです。乾きやすいし、軽いし、締めつけない」
「アリッサ様が、以前必要だとおっしゃったものです」
ルカの声が、少しだけ柔らかくなった。
「アリッサさんが?」
「はい。湯上がりに重い衣を着るのは、身体に負担がかかると」
花凛は、奥の部屋の方を見た。
アリッサは、やっぱりただの幻想的な店主ではない。
身体のことを考えている。
暮らしのことを考えている。
でも、それが世界全体には広がっていない。
「アリッサさん、すごいですね」
「ええ」
ルカは短く答えた。
その一言に、余計な説明はなかった。
けれど、誇らしさのようなものが滲んでいた。
花凛はそれに気づいて、また見てはいけないものを見た気がした。




