⑦ 異世界から来た線
午後、レイナはもう一度机に向かった。
蒼は横で資料を開き、花凛が調べたページを一緒に確認した。
インドの布。
刺繍。
ガラスの腕輪。
金糸。
香辛料。
星図。
ドレープ。
レイナは、それらを見ているうちに、フローラミラージュのどこかに似た空気を感じた。
まだ行ったことのない場所。
けれど、存在している気がする場所。
星を読み、布を染め、香りと色で身体を整える場所。
花凛のノートには、小さくこう書かれていた。
『インド要素はどこかで絶対入れたい』
レイナはその文字を見て、少しだけ笑った。
「花凛、欲が深いわね」
「急にどうした」
「いろいろ入れたいのね。この人は」
「うん。だいぶ」
「でも、悪くない」
レイナは鉛筆を持った。
今度は、長い布を描く。
肩から流れ、胸元を避け、腰で結ばれ、背中へ落ちる布。
帯のように支える部分はあるが、締めつけない。
飾るための紐ではなく、呼吸を守るための支え。
裾には、鏡の縁を思わせる曲線。
けれど黒ではなく、深緑と金。
布の端には、小さな刺繍を入れる。
花ではない。
蔓でもない。
星のような、種のような模様。
「これ、どこの模様?」
蒼が聞いた。
「分からない」
「分からないのか」
「でも、必要な気がした」
レイナは線を続ける。
これは花凛のデザインではない。
でも、花凛のデザインを壊しているわけでもない。
花凛が引いた線の上に、レイナが見たものを重ねている。
現実の資料。
異世界の記憶。
身体の感覚。
閉じ込められたくないという願い。
それらが、ひとつの布になろうとしている。
「花凛が見たら、びっくりするかな」
蒼が呟いた。
「怒るかしら」
「いや」
蒼は首を横に振った。
「たぶん、泣くかも」
レイナは手を止めた。
「なぜ泣くの」
「うれしくて」
「……変な人ね」
「それ、もう何回目だろ」
「何度でも言うわ」
レイナは再び線を引いた。
花凛が泣く。
想像すると、少し胸がざわついた。
困る。
泣かれると、どうしていいか分からない。
でも、泣かせたくないわけではなかった。
悲しみではなく、何かが届いた時の涙なら。
それは、悪いものではないのかもしれない。




