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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第五章 眠れば異世界、目覚めれば締切

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④ 一枚布と星の匂い



 蒼は、花凛のノートを開いた。


 そこには、服飾の言葉がびっしり書かれていた。


 衿ぐり。

 ドレープ。

 サッシュ。

 ウエスト位置。

 着丈。

 素材。

 重さ。

 洗濯。

 肌触り。


 レイナは途中で少し眉をひそめた。


「服を作るというのは、こんなに細かいのね」


「そうみたい」


「あなたは知らないの」


「俺は着る側だから」


「なら、着る側として意見を言いなさい」


「急に役割を与えられた」


 蒼は少し笑ったが、真面目にノートを覗き込んだ。


 ページの端には、花凛の走り書きがあった。


『一枚布の伝統衣装を参考にする』

『サリー』

『ドゥパッタ』

『布が身体に合わせる』

『結ぶ・巻く・垂らす』

『サッシュは帯っぽくしたい』

『苦しくない構造』

『見た目のインパクト』


 レイナは、その文字を一つずつ読む。


 花凛の字は、急いでいる時と丁寧な時の差が激しい。

 勢いよく走っている線もあれば、迷いながら止まっている線もある。


 その揺れが、人間らしかった。


「インド、という国なのね」


「うん。花凛、前からインドの占星術とかも好きだったし、服飾にも入れたいんじゃないかな」


「星を見るの?」


「そういうのもあるみたい。俺は詳しくないけど」


 星。


 レイナは、図書館の青い絨毯を思い出した。

 あの床にも、星図が描かれていた。


 フローラミラージュのどこかにも、星と布を結びつける場所があるのかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥で何かが小さく鳴った。


「この布は、身体に巻くのね」


「そうみたい」


「縫わずに?」


「全部じゃないと思うけど、長い布を巻いたり、肩にかけたりする」


「……自由ね」


 レイナは呟いた。


「自由?」


「服が、身体を閉じ込めていない」


 自分で言って、レイナは少し驚いた。


 館の服は、美しい。

 でも、重い。


 装飾も、布も、役割も。

 美しいものほど、逃げ場がない。


 花凛の線は違う。


 布が身体を包むのに、閉じ込めていない。

 逃げ道を残している。


「花凛は、こういう服を作りたいのね」


「たぶん」


 蒼は、机の上にあった一枚のスケッチを取った。


 それは、まだ途中のデザインだった。


 片肩に大きく布を流し、腰には帯のようなサッシュ。

 裾はロココのドレスのように広がりすぎず、歩くたびに揺れる。

 襟元には、大正浪漫の着物のような重なり。

 布の端には、記憶の鏡の縁取りのような刺繍。


 レイナは息を止めた。


 その線の中に、館があった。

 アリッサの店があった。

 レイナ自身の緊張も、花凛の現実の焦りもあった。


「……これは」


「まだ迷ってるって言ってた」


「迷っている?」


「インパクトが足りないって言われたらしくて。あと、身体に負担がない形にしたいけど、シンプルになりすぎるのが怖いって」


「欲張りね」


「うん」


 蒼は笑った。


「でも、花凛らしい」


 レイナはスケッチを見つめた。


 欲張り。


 その言葉は、悪口のようで、少し違う。


 花凛は、美しさだけでは満足しない。

 人を守ることだけでも、たぶん満足しない。


 美しくて、苦しくなくて、物語があって、現実で作れて、異世界にも届く服。


 そんなものを作ろうとしている。


 無茶だ。


 でも、無茶だからこそ、花凛なのだろう。


「色は?」


 レイナが聞いた。


「色?」


「この服の色」


「まだ決めてないっぽい。メモには、蜂蜜色、深緑、藍、金、薄桃……ってある」


「多いわね」


「迷ってるんだと思う」


 レイナはしばらく考えた。


 蜂蜜色はアリッサ。

 深緑は魔法用具店の棚と薬草。

 藍は夜と図書館。

 金は勇気の髪と、鏡の縁。

 薄桃は、現実の朝の光。


 どれも捨てがたい。


 けれど、全部を混ぜれば濁る。


「中心の色を決めるべきね」


 レイナは言った。


「中心?」


「この服が、誰のためのものなのか」


 蒼は黙った。


「花凛は、自分のために作っているの?」


「たぶん、それだけじゃない」


「では、誰のため?」


 蒼はスケッチを見た。


「今は、分からない。でも……」


「でも?」


「誰かが息できる服にしたいんだと思う」


 息。


 その言葉に、レイナは胸を押さえた。


 館で、息ができなかった。

 誰かに見られ、守られ、閉じ込められていた。


 アリッサの店では、少し息ができた。


 花凛は、それを服にしようとしているのかもしれない。


「なら、深緑」


 レイナは言った。


「え?」


「中心の色。深緑がいいわ」


「どうして?」


「息ができる場所の色だから」


 蒼は、少しだけ目を見開いた。


 それから、花凛のノートの端にメモを取った。


『レイナ:中心色は深緑。息ができる場所の色』


「何を書いているの」


「花凛に伝えるため」


「勝手に書いていいの」


「たぶん喜ぶ」


「本当に?」


「うん。たぶん、すごく」


 レイナは少しだけ視線を逸らした。


「なら、書いておきなさい」

 

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