⑤レイナの記憶
鐘の音がした。
遠くで、何度も。
重く、濁った音だった。
花凛は目を開けた。
そこは館だった。
けれど、今まで見た館とは少し違う。
壁の色が暗い。廊下が長い。窓が高い。
すべてが少しずつ歪んでいる。
自分の足が、細い靴を履いているのが見えた。
これは、私の足じゃない。
そう思った途端、胸の奥に知らない感情が流れ込んできた。
怖い。
悔しい。
逃げたい。
でも、逃げたら終わりだ。
花凛は息を詰めた。
これは、レイナの記憶だ。
廊下の先に、人影がある。
誰かが話している。
声は水の中から聞こえるみたいにぼやけていた。
「……あの子が……」
「境界が……」
「アリッサ様の……」
言葉の端だけが耳に残る。
レイナは、壁際に立っていた。
いや、花凛が立っているのではない。
これはレイナの目だ。
レイナの身体だ。
レイナの記憶だ。
誰かが近づいてくる。
顔は見えない。
ただ、胸元のブローチだけが見えた。
黒い花の形をしている。
「あなたは、何も知らなくていい」
その声が言った。
レイナの手が震えた。
「知らないままでいれば、守られます」
守られる。
その言葉に、レイナの中で何かがきしんだ。
違う。
これは守るじゃない。
閉じ込めるだ。
「私は……」
レイナの声がした。
花凛の声ではない。
少し硬く、細く、それでも折れない声。
「私は、知らないままでいるのは嫌です」
次の瞬間、鐘の音が大きくなった。
廊下が崩れる。
壁が遠ざかる。
本のページがめくれるように、景色が変わった。




