② 図書館へ向かう道
図書館へ向かう道は、魔法用具店へ来た時とは少し違って見えた。
フローラミラージュの街並みは、ひとつの国というより、誰かの記憶を縫い合わせた地図のようだった。
瓦屋根の向こうに、白いロココ調の柱が見える。
石畳の路地には、和紙のような灯りが揺れている。
窓辺には、見たことのない植物が硝子瓶に挿され、香辛料に似た甘く苦い匂いが風に混じっていた。
ちぐはぐなのに、不思議と破綻していない。
きっとここは、歴史ではなく、誰かの憧れでできている。
図書館へ向かう途中、ルカは一度だけ振り返った。
本当に一瞬だった。
けれど花凛には分かった。
彼は、アリッサのいる店を見ていた。
誰かを心配する顔というより、失くしたものを二度と失くしたくない顔だった。
「緊張されていますか」
ルカが言った。
「しています」
花凛は即答した。
「隠されないのですね」
「隠したら落ち着くなら隠しますけど、たぶん無理なので」
ルカが少しだけ目を細めた。
笑った、ように見えた。
「花凛様は、不思議な方ですね」
「最近よく言われます」
「この世界では、不思議であることは悪いことではありません」
「現実でもそうだといいんですけどね」
言ってから、少しだけ胸が痛んだ。
現実。
学校。
締切。
描きかけのデザイン画。
積まれた資料。
眠れば異世界に来て、目覚めれば現実の時間が進んでいる。
この世界にいる間も、現実の締切は待ってくれない。
そのことを思い出すと、急に足元が頼りなくなる。
「花凛様?」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫、という言葉は、時々とても不便ですね」
「え?」
「本当に大丈夫な時にも、そうでない時にも使えてしまいます」
花凛はルカを見た。
彼は前を向いたまま歩いている。
表情は穏やかだ。
けれど、その言葉だけが妙に現実的だった。
まるで、誰かが無理に笑って「大丈夫」と言う場面を、何度も見てきた人みたいに。
「ルカさんって」
「はい」
「前にも、こういうこと……」
言いかけて、花凛は口を閉じた。
何を聞こうとしたのか、自分でも分からなかった。
ルカは問い返さなかった。
ただ、静かに待っている。
その待ち方も、やっぱりどこか見覚えがある。
「……なんでもないです」
「そうですか」
ルカはそれ以上、踏み込まなかった。
その距離の取り方が、やさしい。
でも、やさしいからこそ、少し怖かった。




