表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第三章 眠りの先の魔法用具店

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/20

⑦ 糸の端、もう一本


再びアリッサの魔法用具店を訪れたとき、花凛はすぐに違和感に気づいた。

アリッサの顔色が、前より少し悪い。

笑っている。喋っている。けれど、目の奥の静けさが濃くなっている。前回は静かだったが、今回はその静けさが少し重い。


 「来たんだ」


 アリッサは軽く手を振った。


「来ました」


「今日は何見る? ポーション? 布? キノコ?」


「キノコもあるんですか」


「あるよ。こっちでは素材。向こうではブローチになったりする」


アリッサはまた、当たり前のように言った。向こう。花凛の胸が、また小さく鳴る。


「……アリッサさん。その『向こう』って、どこですか」


 アリッサはきょとんとした。


「え?」


「前も言ってました。人間界ではアクセサリーになるって」


「わたし、そんなこと言った?」


「言いました」


「そっか」


アリッサは棚に視線を逃がした。困っている。でも、嘘をついているわけではない。本当に、覚えていない。


「分からないんだよね。分かることがあるのに、どうして分かるのかが分からない」


その言葉に、花凛は何も返せなかった。

ルカが、棚の向こうで静かに二人を見ていた。彼も、気づいている。アリッサが時々、知らないはずのことを知っていることに。

でも、それが何なのかまでは、たぶん分かっていない。


花凛は、あの手鏡を見つけた。前と同じ場所。

でも今度は、少しだけはっきり分かった。こっちを見ている。いや、違う。花凛の奥を、見ている。

ちり、と音が鳴る。今度ははっきり。棚の奥で、何かが震えた。糸が、わずかに動く。


 ルカが、一歩前に出た。花凛と鏡の間に立つ。


「触れないでください」


その声は静かだった。でも、いつもの柔らかさは少しだけ消えていた。


「これ、何なんですか」


花凛が聞く。ルカは答えない。代わりに、ユリウスが口を開いた。


「記憶に触れる道具だ。ただし、誰の記憶に反応するかは分からない」


花凛は息を呑んだ。あれは、自分に反応したんじゃない。もっと奥。もっと深いところに向かっていた。

花凛の中にいる、もう一人。レイナ。


 名前を出す前に、アリッサが棚の向こうから顔を出した。


「どうしたの?」

 

その瞬間、鏡の音が止まった。何事もなかったみたいに。店の空気が、元に戻る。

けれど花凛の胸のざわめきだけは、消えなかった。


 「花凛さん」

 

ルカがカウンターの向こうから声をかけた。


「少し、よろしいですか」


「はい」


アリッサは奥で棚を探している。ルカは声を落とした。


「店主様が、最近少し疲れやすくなっています」


「アリッサさんが?」


「ええ。前から時折そういうことはありましたが、近頃は少し深い」


花凛は、勇気の言葉を思い出す。ある日、目に何もなくなった。


愛菜。アリッサ。違う。違うはずなのに。どこか同じ場所を指している気がした。


「ルカさんは、現実にも、戻るんですよね」

 

ルカの目が少しだけ細くなる。


「ええ」

 

「向こうでは、別の名前がある」

 

「あります」

 

「その……探している人も?」

 

ルカは沈黙した。ほんの短い沈黙だった。けれど、答えは十分だった。


「います」

 

「その人は、どんな人なんですか」

 

ルカは少しだけ目を伏せた。

「目が強い人でした」

 

胸の奥で、何かが鳴った。

 

「でも、ある日から、その目が変わった。だから、探しています」

 

「……見つかるといいですね」

 

ルカはかすかに笑った。


「ええ」

奥から、アリッサが顔を出した。


「二人で何話してるの?」

 

「布の話です」

 

ルカが自然に答えた。

 

「嘘っぽい」

 

「事実です」

 

アリッサが少し笑った。その笑顔に、ルカの目がわずかに柔らかくなる。

花凛はそれを見ていた。ルカは知らない。自分が探している糸の端が、目の前に絡まっていることに。

でも花凛にも、まだ言葉にできなかった。言葉にした瞬間、何かを間違えてしまいそうだった。

糸は、急いでほどくと絡まる。

帰り道、花凛はユリウスの隣を歩いた。

街は夕方の色に染まっている。布屋の軒先で、淡いランプが灯る。子どもたちが路地を走っていく。


「ユリウス」

 

「なんだ」

 

「糸ってさ。一本だけだと思ってたら、もう一本絡まってることあるよね」


 ユリウスは少しだけ沈黙した。


 「ほどけそうか」

 

「まだ分からない。でも、端は見えた」

 

アリッサ。愛菜。ルカ。勇気。レイナ。花凛。それぞれ別の場所にあるはずの糸が、少しずつ同じ布の上に集まり始めている。まだ模様は見えない。

でも、確かに何かが織られ始めていた。

 

「ユリウス、一つだけ聞いていい?」

 

「なんだ」

 

「アリッサさんのこと、知ってる? 本当のことを」

 

ユリウスは答えなかった。

ただ、少しだけ足を速めた。

花凛はその背中を見た。答えがある。知っている。でも、まだ言わない。

なぜ。

その問いだけが、夕暮れの石畳の上に残された。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ