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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第三章 眠りの先の魔法用具店

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④夜間の教室


 

夜になっても、花凛は朝のことを思い出しては一人で変な顔をしていた。

 

学校の教室には、ミシンの音が断続的に響いている。

だだだだ、と誰かのミシンが走る。その隣で、アイロンから白い蒸気が上がる。

紙をめくる音。裁ちばさみが布に入る音。チャコペンが机を擦る音。

 

夜間部の教室は、昼間の学校とは少し違う匂いがする。

 アイロンの熱。布の埃。古い木の机。誰かのコンビニコーヒー。疲れた人たちの、でもまだ諦めていない空気。

 

昼の世界を一度終えてから、もう一度ここに来る人たちの場所。花凛は、その空気が好きだった。

 

「花凛さん、そこ縫い代つけた?」

 

先生の声に、花凛ははっとした。

 

 「あ、つけました。たぶん」

 

「たぶんは危ないよ」

 

「確認します」

 

慌てて定規を当てる。縫い代は、ちゃんと一センチついていた。

 

ほっとした瞬間、鏡の前で見たレイナの不機嫌そうな顔が脳裏をよぎる。首元。心拍確認。攻めてる。

 

だめだ。花凛は下を向いて、笑いを噛み殺した。

 

「何笑ってるの?」

 

隣の席の子に聞かれて、花凛は首を振った。


「いや、ちょっと……朝からいろいろあって」

 

「寝坊?」

 

「寝坊ではない」

 

「恋愛?」

 

「近いけど違う」

 

「何それ」

 

説明できるわけがなかった。異世界の女の子が自分の身体で彼氏のキスを避けようとして、

なぜか首元に突っ込み、心拍確認した。言えるわけがない。

 

「人生」

 

「急に重い」

 

隣の子が笑った。花凛もつられて笑う。

授業の後半、花凛はアイロン台の前に立った。蒸気が上がる。布が、熱で少しずつ言うことを聞いていく。

朝のこと。アリッサの店のこと。ルカの目。あの手鏡。ポーション。レイナのこと。そして——蒼の言葉。

 

花凛が花凛じゃない感じがする。

 

全部が頭の中で絡まっていた。でも、布を触っている間だけは、少しだけ整理できる。

 

折り目をつける。余分を逃がす。歪みを直す。

 

人の心も、こんなふうに扱えたらいいのに。焦って引っ張れば、伸びる。無理に押さえれば、跡が残る。

でも、熱と手順を間違えなければ、少しずつ形になる。

 

花凛はアイロンを置き、布を持ち上げた。縫い目はまだない。けれど、形になる前の形が見えた。

その瞬間、右手の人差し指に違和感があった。

 

小さな重み。

花凛は布を置き、指を見る。

そこに、指輪があった。細い銀色の輪。飾り部分には、小さな瓶の形をした石がついている。

その中には、淡い紫色の光が閉じ込められていた。

 

花凛は息を止めた。

昨日、アリッサの店で手にしたポーションと同じ色だった。

 

「……なんで」

思わず声が漏れる。

 

アリッサの声が、頭の中で響いた。アクセサリーに擬態するよ。人間界では。

花凛は指輪に触れた。冷たい。でも、奥にほんの少しだけ温度がある。

夢じゃない。この世界は、夢じゃない。

 

「花凛さん?」

先生の声で、花凛ははっと顔を上げた。


「大丈夫です」

「指輪、かわいいね」

 

隣の子が言った。


 「それ。瓶みたい。魔法っぽい」

 

花凛は反射的に手を握った。


「うん……ちょっと、お守りみたいな」

 

「どこで買ったの?」

 

「……夢で。いや、ネットで」

 

「どっち?」

 

「ネット」

 

「疲れてるね」

 

「うん、たぶん」

 

花凛は小さく笑い返した。でも胸の奥は、まだ震えていた。

アリッサは知っていた。人間界では、アクセサリーに擬態する。なんで。なんで、知っていたの。

授業が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

学校の階段を降りると、夜の空気が少しだけ冷たかった。

スマホが震えた。蒼からだった。


【迎え行こうか?】

 

【大丈夫。駅まで歩く】

 

すぐに返事が来た。


【無理しないでね】

 

その短い言葉に、朝の蒼の顔が重なる。

花凛が花凛じゃない感じがする。

花凛はスマホをしまい、夜道を歩き出した。

現実の街は、フローラ・ミラージュほど美しくはない。看板の光。コンビニの白い明かり。車の音。人の疲れた足音。


でも、ここにも生活がある。

花凛は右手の指輪に触れた。

なら、花凛自身はどうなのだろう。眠るたびに別の世界へ行き、別の誰かと入れ替わる自分は。どちらの世界で、どんな形になるのだろう。

そして——蒼は、どこまで気づいているのだろう。

街灯が揺れた。答えは、まだ夜の奥にある。

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