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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第三章 眠りの先の魔法用具店

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② アリッサの魔法用具店


扉の内側は、外から見たよりもずっと奥行きがあった。広い、というわけではない。けれど、奥がある。まるで空間が、静かに息を吸っているみたいに、入ってくる人を少しずつ奥へと引き込んでいく。


天井まで届く棚に、瓶や箱や布の束が整然と並んでいる。カウンターの上には銀の秤。壁には見たことのない植物の押し花——名前の知らない形の葉、五枚の花びら、透き通った茎。窓から差し込む光が、細かな埃をきらきらと浮かせていた。


誰かが、丁寧に守り続けている場所。管理されているというより、愛されている。


花凛はそう思った。ここにあるものは、ただ飾られているのではなく、それぞれがちゃんと居場所を持っている。棚の隙間にも、棚の端にも、余裕があった。詰め込みすぎていない。


「いらっしゃいませ」


奥から声がした。


カーテンをくぐって現れたのは、青年だった。

穏やかな顔立ち。きちんと整えられた服装。柔らかい物腰。黒に近い髪が、光を受けて少しだけ青く見える。整っているのに、整えようとしている感じがしない。ただそのままでいる人の佇まいだった。


けれど、その目だけが少し遠い。

ちゃんとこちらを見ているのに、視線の奥に別の場所があるような気がした。今ここにいながら、もう一つ別の場所も見ている人の目。


「ユリウス様。お久しぶりです」


「ああ。少し借りる」


「もちろんです」


短いやり取りのあと、青年の目が花凛に向いた。観察するでも、警戒するでもない。ただ、確かめるみたいな目だった。何かを探しているのではなく、ただ、今ここにいる相手を見ている。それだけで、なぜか少しだけ落ち着いた。


「ルカです」


「花凛です」


言ってから、しまったと思った。

レイナと名乗るべきだったのかもしれない。

けれど、ユリウスは訂正しなかった。

ルカも何も言わなかった。


その沈黙に、花凛は少しだけ救われた。


「どうぞ。ご自由に」


ルカは静かに脇へ退いた。その距離の取り方が、少し不思議だった。近すぎない。遠すぎない。誰かを待つことに慣れている人の距離だった。


視線はすぐ棚へ引き寄せられた。

糸。布。見たことのない道具。小さな瓶に入った液体——淡い桃色、青みがかった透明、深い緑。銀色の針。飴玉みたいな石。乾燥した植物の茎。貝殻のような光沢を持つボタン。赤い傘の小さなキノコが入った標本瓶。


どれも少しずつ、現実のものと違う。光の受け方。繊維の動き。棚の奥から漂う匂い。全部が、こちらの知っているものに似ているのに、少しだけずれている。


「あの、これ……」


「触っても大丈夫ですよ」


振り返ると、ルカがさっきと同じ場所に立っていた。いつの間に。音も気配もなかったのに、ちゃんとそこにいる。


花凛は布の端を、そっと指でつまんだ。するり、と馴染む。絹に近い。でも、違う。もっと水を怖がっていない手触りがする。


「これ、普通の布じゃないですよね」 


「この店にあるものは、たいてい普通ではありません」 


「それ、説明になってます?」 


「半分ほどは」


真面目な顔で返されて、花凛は少し笑いそうになった。


「これ、洗えますか?」


ルカが、ほんの一瞬だけ言葉を探した。 

「……洗う、とは」


「水で。普通に」


「その発想は、あまり一般的ではありません」 


「えっ」


花凛は布を見直した。綺麗なのに、どこか余裕がない理由。さっき街で見た違和感。胸の中で細い糸が一本結ばれた気がした。 


「詳しいの?」


別の声がした。

カーテンの向こうから、女の子が出てきた。

花凛と同じくらいの背丈。黒髪のショート。

ふわりとしたラベンダー色の服。 


胸元には金のボタンが並び、柔らかい印象なのに、どこかきちんとしている。袖口には細いレースがあしらわれ、それが少しだけ甘さを足していた。 


可愛い。最初に思ったのは、それだった。

けれど次の瞬間、花凛は呼吸を忘れた。


似ているわけではない。顔立ちも、雰囲気も、纏う空気も違う。なのに、どこかが近い。言葉にできない場所が、かすかに重なる。距離でも形でもない何かが、すっと重なった気がした。


「あ、いらっしゃい」


女の子は軽い声で言った。


「アリッサです」


そう言って、笑う。ちゃんと笑っている。なのに、目の奥だけが少し静かだった。


空っぽではない。弱いわけでもない。むしろ、ちゃんと立っている。でも、何かが足りない。何かを置き忘れてきた人の目。誰かに取られたのではなく、どこかに置いてきてしまった人。


「花凛です。えっと……お邪魔します」


「全然いいよ。好きに見てって」


アリッサはそう言って、花凛の指先にある布を見た。


「布、好き?」 


「好きです」


即答だった。アリッサの目が、少しだけ緩む。それまで保っていた何かが、ほんの少しだけほどけた。 


「じゃあ、こっちも見る?」


花凛はこくりと頷いた。


奥の棚には、小さな瓶が並んでいた。親指ほどの大きさの瓶。中には淡い紫や青、薄い桃色の液体が入っている。ラベルには、花凛には読めない文字で何かが書かれていた。文字の形が、どことなく刺繍の模様に似ていた。


「これ、ポーションですか?」


「うん。でも、そのまま飲むやつじゃないよ」


「そのまま飲まないポーション?」 


「そう」



アリッサは瓶をひとつ手に取り、光にかざした。中身は淡い紫色をしている。けれど、輪郭が曖昧だった。液体なのに、薄い霧みたいに揺れている。固まりきっていない何か、という感じがした。


「何かに垂らすの。お茶でも、水でも、スープでも。なんでもいい」


「で、そのときに思うの。どうなりたいか」


アリッサは瓶を軽く振った。小さな液体が、星屑みたいに揺れる。


「落ち着きたいって思えば、そういうポーションになる。勇気がほしいって思えば、そうなる。本当のことを見たいって思えば、そういうふうに働く」


「すごい。薬みたい」


「薬じゃないよ」


アリッサの声が、少しだけはっきりした。


「ポーションは、何かを無理やり変えるものじゃないの。その人がもともと持ってるものを、ちょっとだけ引き出すだけ」


花凛は、その言葉を聞いて黙った。


服と似ている。服も、人をまったく別の存在に変えるわけではない。でも、その人の中にあるものを、表に出すことがある。背筋が伸びる。少しだけ強くなれる。隠れていた気持ちが、形になる。


「じゃあ、何も考えなかったら?」 


「たぶん、あんまり効かない」


「正直」


「そういうものだから」


アリッサは少し笑った。


「願いって、雑に扱うと迷子になるんだよね」


迷子。その言葉に、ルカの手がわずかに止まった。


「試してみる?」


「いいんですか?」 


「うん。初回お試し」


「お試し制度あるんだ……」 


「あるある。たぶん」


「たぶん?」 


アリッサは気にせず、店の奥から小さなカップを持ってきた。温かいお茶が入っている。


「一滴だけね」


アリッサは紫色のポーションを、カップに一滴垂らした。水面が、ふっと淡く光る。 


花凛はカップを両手で持った。目を閉じる。どうなりたいか。


強くなりたい。落ち着きたい。帰りたい。知りたい。


でも、どれも少し違う。 


花凛はゆっくり息を吸った。

そして、ひとつだけ思った。今は、落ち着きたい。



お茶を口に含む。味は変わらなかった。

けれど、胸の奥にあったざわざわが、すっと静かになった。消えたわけではない。ただ、乱れていた糸が少しだけ並び直したような感覚。


「……すごい」 


「でしょ」


アリッサが得意そうに笑う。その笑顔は、さっきよりずっと自然だった。 


「これ、持って帰れるんですか?」


「持って帰れるよ。合えば」 


「合えば?」


「うん。この店のものって、持ち主を選ぶから」


アリッサは棚から小さな瓶をひとつ取った。淡い紫色のポーション。 


「花凛さんには、これかな。買うっていうより、契約に近いかな」 


「契約?」


「大げさに聞こえるけど、怖いものじゃないよ。魔法道具との契約は、自分自身との誓いみたいなものだから」


花凛は瓶を見た。小さなガラスの中で、紫色の光が揺れている。外の明かりに反応しているのか、息をするみたいに、ゆっくりと。


「じゃあ……人間界では?」


何気なく聞いたつもりだった。 


けれど、アリッサは何気なく答えた。


「アクセサリーに擬態するよ」


空気が止まった。


「……え?」


「ん?」


「今、擬態するって言いました?」


アリッサはきょとんとする。


「言った?」


「言いました」


「……そうなんだ」


分かっていない顔だった。本当に分かっていない。


「なんで、知ってるんですか」


アリッサは少しだけ考えた。その横顔から、先ほどの明るさがすっと引く。答えを探しているのに、どこにも見つからない。そういう顔だった。


「分かんない。でも、たまに分かるんだよね。ここのものが、別の場所でどういう形になるか」


「別の場所……」


「瓶が指輪になったり、キノコがブローチになったり、布の欠片がチャームになったり」 


花凛の心臓が、どくんと鳴った。 


「それって……」


「アリッサ様」 


ルカの声がした。穏やかな声だった。けれど、いつもより少しだけ慎重だった。


「そのお話は、あまり長くなさらない方が」


「……そうだっけ」


アリッサは首を傾げる。その仕草が、少しだけ幼く見えた。


「ごめん。変なこと言った?」  


「いえ」 


花凛は首を振った。でも、胸の奥はざわついていた。 


アリッサは分かっていない。自分が何を言ったのか、本当に分かっていない。それなのに、知っている。


人間界。アクセサリー。形を変える魔法道具。

花凛は掌の小瓶を見下ろした。淡い紫の液体が、小さく揺れる。


まるで、こちらを見ているみたいに。

そのとき、ルカの目が一瞬だけ、花凛の指輪——ではなく、その奥の何かを見た気がした。 


気のせいかもしれない。


でも彼はすぐ視線を逸らし、

棚の整理を再開した。何もなかったかのように。

今回から私が出しゃばって参りました。


活躍できるように頑張ります。

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