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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第三章 眠りの先の魔法用具店

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①館の外へ

アリッサと執事のルカが登場です、、、!




朝の光が、回廊に斜めに差し込んでいた。


 館の中は、いつも少し薄暗い。窓は高く、壁には金の装飾が施され、天井には古い物語のような絵が描かれている。

美しい場所のはずなのに、そこに差し込む光は、いつもどこか遠慮がちだった。光すらも、ここではよそ行きの顔をしている。

花凛はユリウスの半歩後ろを歩きながら、窓の外を見ていた。

 

 庭園の向こうに、街の屋根が見える。薄い霧の奥で、塔の先端が朝日を受けている。オレンジと白が混ざり、石畳の角がほんの少しだけ輝いていた。

あそこには、人がいる。

 

そう思うだけで、胸の奥が少しだけ騒いだ。生活があって、匂いがあって、疲れた声がある。館の中とは違う、もっと正直な場所が、窓の向こうに広がっている。


 「今日は外へ出る」


 ユリウスが言った。

花凛は思わず足を止めかけた。

 

「外って……館の?」


 「ああ。フローラ・ミラージュの街だ」


 フローラ・ミラージュ。その名前を聞くたび、花凛は不思議な気持ちになる。

この世界は夢ではない。けれど、現実とも違う。眠るたびに訪れる場所。レイナと入れ替わる場所。そして、自分がまだ何も知らない場所。


 「……いいの? わたし、レイナじゃないのに」


 ユリウスが振り返った。視線が一拍だけ花凛の顔の上に止まる。何かを確かめているような目だった。


 「だからこそだ」


 「だからこそ?」


 「君は、この世界を知らない。知らないままでは、何も選べない」


 選ぶ。その言葉が、胸に残った。


 花凛はこの世界に来てから、ずっと流されているような感覚があった。目覚めたらレイナと呼ばれ、知らない館にいて、知らない人たちに囲まれて、知らない役目の中に放り込まれる。名前も、役割も、期待されることも、全部が借り物みたいに感じていた。


 自分が何を選ぶのか。それを考える余裕すら、あまりなかった。


 「……行く」


 花凛がそう言うと、ユリウスは小さく頷いた。その動作には無駄がなかった。驚きも、安堵も、何も滲まない。でも、それがかえって信頼に近いものに感じられた。


 館の正門を抜けた瞬間、光があふれた。

花凛は思わず目を細める。


 外の空気は、館の中よりもずっと軽かった。土と草と、遠くの煙の匂い。風が頬を撫で、髪を少し揺らす。

 肺の奥まで、違う空気が届く気がした。

目の前に広がっていたのは、夢の中で見るような街並みだった。


 石畳の道。曲線を描く街灯。蔦の絡まるアーチ。

古い西洋の街並みかと思えば、軒先には和風の暖簾が揺れている。

どちらでもあって、どちらでもない。二つの様式が、喧嘩もせず寄り添っている。

 

 通り過ぎる人々の服も不思議だった。着物のような直線的な衣服に、

洋風の外套を重ねている人。レースの襟元に、帯紐のような飾りを垂らしている人。

袴のような裾に、コルセットのような胴衣を合わせている人。だれもが、二つの世界の間を当たり前に生きているみたいだった。


大正とロココが、同じ鍋で静かに煮込まれている。


 花凛は、ほとんど瞬きも忘れて歩いた。


 「……すごい」


 思わず声がこぼれた。でも、美しいだけではなかった。


 街は生きていた。焼き菓子の甘い匂い。

 荷車の軋む音。遠くの歌声。子どもの笑い声。誰かが布を叩いて埃を払う音。それらが層になって重なり、

街全体が呼吸しているみたいだった。

 

 花凛の目は忙しかった。街灯の細工。石畳の組み方。店先に並んだ布地の色。

通り過ぎる人の袖口。帯紐の結び方。裾の裁ち方。服飾の学生として身についた目が、勝手に動く。

 

けれど、気になるのは美しいものだけではなかった。

白いレースの襟元が、うっすら黄ばんでいる。鮮やかな布の端が、雑にほつれている。


路地の隅に汚れが溜まっている。石畳の間に、古い水の跡が残っている。

 

綺麗なのに、どこか苦しそう。

この街は、見た目よりずっとぎりぎりで成り立っている。なんとか保たれている、という感じがした。

 頑張って綺麗に見せているのではなく、綺麗でいようとしながら少しずつ疲弊している。


「ユリウス」


「なんだ」

 

「この街、すごく綺麗だけど……なんか、細かいところが疲れてる」

 

「疲れている?」

 

「うん。服も、建物も、道も。全部じゃないけど、手が回ってない感じがする。余裕がなくなってきてる感じ」

 

ユリウスは少しだけ花凛を見た。

 

「よく見ている」

 

「服飾の学生だから」

 

そう言ってから、花凛は少しだけ笑った。この世界で「服飾の学生」という言葉が、どれくらい通じるのか分からない。

けれどユリウスは馬鹿にしなかった。それが、少し嬉しかった。

 

「覚えておけ。その視点は必要になる」

 

「必要?」

「この街には、美しさだけでは足りないものがある」

 

ユリウスはそう言って、細い路地へ入っていった。

「行っておくべき店がある」

 

路地は、表通りよりも静かだった。

 

壁に蔦が絡まり、どこかの窓辺から薄紫の花が垂れている。

足元には細い水路のようなものが走っていた。水は澄んでいるのに、流れがどこか緩やかすぎる。少し疲れた水、と思った。

 

水路のところどころに、布くずのようなものが引っかかっていた。

花凛はそれを見て、少し眉を寄せる。綺麗に見える世界にも、生活の汚れはある。当たり前のことなのに、館の中にいると忘れそうになる。

 

路地を抜けると、小さな広場に出た。

最初、花凛は建物だと思わなかった。

 

広場の端に、それはあった。

大きな、きのこだった。

 

傘の直径は建物一軒ぶんはある。

深い赤褐色の笠が、ゆるやかに波打ちながら広がっている。

縁はふちどりのようにめくれ上がり、その下に白いひだが幾重にも垂れていた。

雨除けになっているのか、ひだの奥は薄暗く、でも温かそうな光が滲んでいる。

 

柱、というより、茎だった。太く、白く、表面がなめらかで、

ところどころに細い菌糸のような筋が走っている。

地面との境目が曖昧で、石畳の隙間からも細い白い糸が伸び、広場の端まで這っていた。

 

扉は、茎の根元にあった。

丸い扉。ドアノブは貝のような形をした茸の小さな笠。

扉の周りには苔が生えていて、その苔の中に、親指ほどの小さなきのこがいくつも顔を出している。

 

窓は傘の縁の内側にあった。丸い窓。曇りガラス。その向こうに、

あたたかいオレンジ色の光がぼんやりと見えた。

 

看板は、茎の表面に直接彫られていた。

文字は読めない。けれど不思議と、意味だけが胸に届く。


『アリッサの魔法用具店』


ここに来ていい。


「……きのこ」

 

思わず声が出た。

 

「ああ」

 

ユリウスが当然のように答える。

 

「きのこなんですか、これ」

 

「アリッサの魔法用具店だ」

 

「それは分かるんですけど」

 

「何か問題があるか」

 

花凛は広場の端から建物を見上げた。きのこの笠の縁から、

細い雨粒みたいなものが滴り落ちている。水ではない。かすかに光っていた。

 

「……問題はないです」


 

「ならいい」

 

ユリウスはそう言って、丸い扉に手をかけた。甘い香りと、

土の匂いと、古い木の匂いが流れてくる。その奥に、かすかにお茶のような、草のような、もっと説明できない何かが混じっていた。


花凛はひとつ息を吸い、中へ入った。

そのとき、扉の奥から微かに聞こえた気がした。

糸が、切れる音。

それは花凛もよく知る音な気がした。

 

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