捌:囚われた聖女
時間は少し戻り、バロンはアルディラ探しを諦めて、先日火災が起きた孤児院を訪れていた。
噂によると、孤児たちは別の孤児院や里親に引き取られたという。
天井が完全に焼け落ち、僅かに柱や壁が残る程度の廃墟に、バロンは躊躇いなく足を踏み入れる。
火事が起きたあの時、アルディラが何の目的もなくこの場所にいたとは考え難い。
何かを探していたのか、何かを見に来たのか。
経営者であるネグローニ男爵の書斎と思しき場所に立つと、バロンは違和感を覚えた。
「書斎から出火したのか……?」
火事の原因の定番は、厨房の釜戸からの燃え移りだ。
煙草の火が原因になることもあるが、それは夜に起きることが多く、書斎ではせいぜいボヤ程度で気付いて消火されることが多い。
家事が起きたのは昼前。もしも男爵が仕事中に煙草を吸っていたのだとしても、何かに燃え移ればすぐに気付いて消し止められたはず。
いや、そもそも灰皿が見当たらない。男爵は煙草を吸わなかったのか。
だとしたら火の元はなんだ。
バロンはさらに注意深く辺りを見渡す。
と、最も炭化している場所、おそらく机だったと思われる灰の山の中に、不自然に綺麗な状態の箱を見つけた。
革張りのそれは、多きさからして重要な書類などが入っているように見える。
怪訝に思ってそれを手に取ったバロンは、魔法が掛けられた箱であることに気付く。
「……火除けの魔法か……?」
だから火事でも無事だったのか。
封印系の魔法が掛かっていないことを確認して、バロンは蓋を開ける。
案の定、中には何かの書類と、帳簿と思われる冊子が入っていた。
それらに目を落として、絶句する。
「……おいおい、嘘だろ。聖女様は、これを知ってたってことか……?」
その書類には、周辺諸国の王侯貴族の署名があった。
そして、帳簿には、何かを売買した記録。
その何かについては、暗号のような書き方で誤魔化されているが、バロンはそれが人間を指しているのだと、すぐに悟った。
ここは孤児院だ。
ネグローニ男爵は、表向きは孤児を引き取って育てる孤児院を経営していたが、裏ではその子供たちを周辺諸国に売り払っていたようだ。
「……まさか、それに気付いた聖女様が粛清した、とか……?」
もしそうだとしたら、火事の犠牲者がネグローニ男爵のみで、孤児の誰一人として怪我をしていないのも納得がいく。
では、悪逆と呼ばれている聖女は、実は裏で悪を挫いていたのか。
アルディラを思い浮かべるバロンだが、彼女が裏では正義のために戦っていたのかもしれない、という仮説はイマイチしっくりこない。彼女の態度がそう思わせるのだろうか。
しかしそれは自分の主観に過ぎない。それだけで彼女は悪か正義かと決めつけることはできない。
とにかく、この書類を雇い主であるギブソン侯爵かベリーニ大神官に届けなくては。
そう思い直し、バロンは神殿の方に向かって駆け出した。
ここからはギブソン侯爵の屋敷より、神殿の方が近い。まずはベリーニに相談するのが良いだろうという判断だ。
と、大通りを走っていると、前方に身なりの良さそうな男に擦り寄る幼い子供の姿があった。
親子ではなさそうだ、と思った直後、子供が大人の服のポケットに手を入れ、何かを取った。
それに気付いた男が振り返り、子供を殴る。
なるほど、子供によるスリか。
王都は一見華やかだが貧富の差が激しく、そう言った一面もある。
ああ、だからあの時、アルディラは子供の手を払いのけたのか。
彼女の言動の一つが繋がった時、どこからか会話が耳に届いてきた。
「聞いた? ザンシア男爵、脱税と詐欺で逮捕されたらしいわよ」
「ええ、聞いたわ。何でも、偽物の宝石で作った宝飾品を高値で売り捌いていたとか……」
「そうそう。その宝飾品の素材の金額を水増しして経費に計上してたんですって」
ザンシア男爵とは、少し前にアルディラが屋敷を訪れて夫人の宝飾品類を奪っていったと噂されていた人物だ。
もしかして、アルディラは男爵の脱税と詐欺の容疑に気付いて、証拠となりうるものを回収したのでは。
仮説がどんどん組み上げられていき、バロンは更に足を速める、
そして、バロンが神殿に着いた時、神官が妙に慌ただしく駆け回っていた。
怪訝に思って、目の前を通り過ぎようとした若い神官に声を掛けると、早口に状況を教えてくれた。
「男が突然、アルディラ様が孤児院に火を放った証拠が出たと言って、アルディラ様を捕まえてきたんだ! 今から公開裁判が行われるが、これまでの態度から、おそらく処刑になるだろうって……!」
「何だとっ? 男って一体……」
「さぁ、サンクトスデウスの代表だって名乗ってたけど……」
聖女と女神を同一視する過激派思想団体、サンクトスデウスには、国内の有力貴族も所属している。
それでも聖女の方が強い権限を持っていたために今まで手出しができなかったのだが、いくら強い権限を有していようと、重罪を犯した証拠が出てくれば話は変わる。
そうか、サンクトスデウスはいよいよ、聖女に何らかの罪を着せて公式で処刑する準備を整えたのか。
そう思いながら、バロンは神殿の中庭へ急いだ。
そこには、アルディラが後ろ手に縛り上げられ、木の杭に縛り付けられていた。
その横に立っている人物に驚く。
ギブソン侯爵の護衛として共に働いた仲間、クリスだったのだ。
「クリスさん……? まさか、別件って……」
先程のやりとりを思い出す。
彼がバロンに手渡してきた紙は、ギブソン侯爵からの指示書だった。
火災のあった孤児院を調べろという内容だった。
だからあの場で別れて自分は孤児院の焼け跡に向かったのだ。
クリスの話していた『別件』とは、てっきり自分にその手紙を届けることかと思っていたのに。
「この場において、悪逆聖女アルディラの断罪と処刑を行う!」
高らかに宣言するクリスに、バロンは違和感を覚える。
コクタイル王国の聖女には、強い権限が与えられている。
それこそ、国王や王太子に次ぐような。
そんな彼女を断罪できる者など、限られている。
「……まさか、クリス……」
クリス・スティンガー。辺境出身の傭兵。酒好きで快活、面倒見のよい兄貴分。
それがバロンの知っている彼の情報だ。
「この裁判は、この俺、コクタイル王国第二王子のクリス・コクタイルが取り仕切る!」
クリス、この国では決して珍しい名前ではない。だから気付かなかった。
第二王子クリスは、サンクトスデウスに肩入れしていることでも有名だ。一方で、あまり社交界に出て来ず、その顔は側近にしか知られていない。
彼が身分を偽ってギブソン侯爵の護衛についていたのは、彼の立場を利用して神殿に出入りしやすくなることを狙ったからか。ギブソン侯爵は貴族院と神殿の橋渡しを担っているが故に、よく神殿にも出入りしているから。
神官以外の一般人は、神殿の一般開放されている礼拝堂までしか入ることは許されていないが、ギブソン侯爵は大神官の許可を得ているため、奥の応接間にも出入りできるのだ。
「クリス殿下! いくら何でも、勝手に神殿で裁判を行うなど……!」
ベリーニ大神官が前に出て抗議するが、他の四人の大神官のうち三人は既にクリス側についているらしく、他に声を上げる者はいない。
そうこうしているうちに、クリス主導のもと、聖女を断罪するための裁判が、始まってしまったのだった。
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