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悪逆聖女は祈らない  作者: 雪途かす


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10/12

玖:呪われた聖女

 クリスは、高らかにこれまでアルディラが、いかに悪辣だったかを語り出した。

 その中には、孤児院や王都付近の村への放火という罪も含まれている。


 ただ、物的な証拠がある訳ではなかった。


「クリス殿下! それはあまりにも無理があるのでは……!」


 ベリーニが口を挟むが、クリスは嘲笑う。


「王国法では聖女を偽称することは死罪だ! 聖女の座に就きながらその責務を全うしないのは、聖女の偽称と同等だ!」


 とんだ暴論だが、第二王子がそれを掲げれば、そういった判決になる可能性は充分にある。


 と、それまで黙って聞いていたアルディラが、唐突に口を開いた。


「……ねぇ、気持ちよさそうに話しているところ申し訳ないんだけど、それどころじゃないと思うわよ」


 そう言って、彼女は顎で空を見るように示す。

 一瞬不審そうにしたクリスだったが、ちらりとその方向を一瞥してぎょっとする。


 とんでもない大きさの雷雲が、王都の向こうの空に形成され始めていたのだ。異様な速さで、どんどん近付きながら、大きくなっている。

 さっきまで晴天だったのに、こんなに突然雷雲が生じるなんてあり得ない。


「な、なんだあれは……! お前の仕業か!」

「私が生み出した訳じゃないわよ。あれは今までの聖女が退けてきていた災害の塊よ」

「災害の塊? 聖女が退けてきた……?」


 困惑するクリスを、アルディラは呆れたような目で見つめる。


「貴方、第二王子なのに何も知らないのね……《聖なる祈り》は穢れを祓い幸福と繁栄もたらし、時には災害も払い退けるとされている……」

「それがどうした! それこそが聖女様が受け継がれた女神様の力……!」

「あのね、《聖なる祈り》の正体はただの退避魔法なのよ」


 クリスの言葉を遮って、アルディラは強い口調で言い切る。


「た、退避、魔法……?」


 相手の攻撃を躱す防御魔法の一種とされているが、それを実践で使う者はほとんどいない。


 退避魔法で躱した攻撃は、消えることなく威力はそのままに別の場所に当たるからだ。


「そうよ。つまり、災害を躱したていただけ。災害は消せないから、その結果、近隣諸国や国境付近に住む市民に皺寄せがいっていたのよ」

「う、嘘だ! 聖女様の力は、そんなものでは……!」

「私に言わせれば、聖女の《聖なる祈り》はもはや呪いよ」


 強く言い切ったアルディラの言葉を受けて、クリスは眦を吊り上げた。


「呪いだとっ? 巫山戯るな! 聖女様の力を侮辱するのは許さん!」

「先代から強制的に受け継がされた魔法の術式で、使い方は体の中に刻み込まれ、使うためには命を削らなきゃならない。これが呪いじゃなくて何だと言うの?」

「黙れ! 貴様のような偽物が……!」


 クリスが怒声を張り上げかけたその瞬間。


 ドォォン、と腹の底に響くような重い雷鳴が、空気を震わせた。


 誰もが反射的に空を見上げる。

 先ほどまで遠方にあったはずの雷雲は、すでに王都の上空を覆い尽くさんばかりに膨れ上がっていた。

 黒く渦巻く雲の内側で、幾筋もの雷光が絡み合うように明滅している。


 風が変わる。


 生暖かく、重たい空気が流れ込み、まるで大気そのものが軋んでいるかのようだった。


 大神官の一人が、声を裏返らせて叫ぶ。


「で、殿下……! あの雷雲、ただの嵐ではありません……! 魔力反応が異常です……!」

「ば、馬鹿な……こんな規模の魔力など……」


 クリスの声が僅かに揺らぐ。

 その隣で、周囲に集まっていた民衆もざわめき始めていた。


 誰もが理解している。

 あれは、ただの自然現象ではないと。


 アルディラは、その様子を静かに見渡し、そして溜め息混じりに言った。


「現実から目を逸らさないで。私が聖女になって一年、ようやく歴代聖女が重ね続けた《聖なる祈り》の効果が切れたの」


 その言葉を聞いた神官の一人が、目を瞠った。


「まさか、最近頻発していた落雷による火災の報告は……」

「《聖なる祈り》の効果が切れただけ。元々、この地は落雷や嵐が起きやすい地だったのよ」

「そんな、馬鹿な……! じゃあ、先日の王都近郊の村で起きた火災も……?」


 どよめく神官たち。一方で、大神官らが顔を見合わせた。


「……伝承では、荒れ果てた大地を初代聖女様が《聖なる祈り》の力で人間が住める豊かな土地に変えたと……」


 千年も前の話だ。それはもはや伝説のようなもの。

 しかし、それが本当なら、アルディラの言っていることにも筋が通る。


「本当よ。そして、これまで捻じ曲げ続けられた災害の行き先は、アカプルコ高原の先の荒野だった。長い年月流され続けた結果、それは《因果》となってあの場所に固執してしまっていたから、私はそれを断ち切った」


 そう、アルディラが土砂崩れの起きた場所で唱えた解放魔法は、そのためのものだったのだ。


「だから、今後この辺りに起きる災害は、躱されずにすべてこの地に降り注ぐようになる」


 それを聞いたクリスが激昂する。


「なんてことを! それは初代聖女様対する冒涜で、国家に対する反逆行為だ!」

「貴方は、僻地なら災害を集約してもいいと思うの? 本気で言っているなら、今すぐ王籍を棄てた方がいいわよ」


 冷たく吐き捨てるアルディラに、クリスがたじろぐ。


「様々な災害を受け続けた大地はどうなるか……やがて受け止め切れず、そこから大地が崩壊していくことになるの。遅かれ早かれ、いずれはあの荒野から大陸中へ荒廃が広がっていって王国は滅んでいたでしょうね」

「じゃ、じゃあ、アルディラ様は、この国を守るために……?」

「いや、でも結局、災害が降り注ぐなら意味がないんじゃ……」


 神官たちに動揺が広がる。


 災害を退け続けた皺寄せが、やがて未来に崩壊を呼び寄せることになる。それを知っていたから、彼女は祈らなかったのか。


「煩い! どうせこれもお前が仕組んだだろ! お前は聖女失格だ! 早く次の聖女を指名しろ!」

「お断りよ。私は後継者を指定しない。たとえ殺されてもね。だから次の聖女は現れないわ」


 強く拒否するアルディラに、クリスは歯噛みする。

 そして、狂気の眼をアルディラに向けた。


「っ! 俺は騙されないぞ! お前を殺せば、きっと女神様が次の聖女様をお決めになる! だからここで死ねぇ!」


 クリスは、アルディラの首目掛けて剣を振りかぶった。


「やめろ!」


 流石に見ていられなくなったバロンが飛び出すが、間に合わない。


 その時、空が白く光り、ものすごい轟音耳を劈いた。


 雷が神殿の塔に落ちたのだ。

 屋根が欠けて、一部が中庭にも落下してくる。


 雷鳴に驚いたクリスが動きを止めた瞬間、バロンがアルディラを庇うように彼女の前に立った。


「クリスさん! こんなことはやめてください!」

「バロン! 退け! 退かないならお前ごと斬る!」


 クリスがもう一度剣を振り翳し、それを受けるためにバロンも剣を抜く。


 二人を尻目に、アルディラは至極冷静な表情で大きく息を吸い込み、慌てふためく神官たちへ向けて口を開いた。


「今すぐ! 魔法が使える者は結界魔法と防御魔法を、神殿に展開! 市民を神殿内に避難させなさい!」


 怒号一発。神官たちがはっとして顔を見合わせ、頷き合って駆け出す。その中には、アディントンの姿もあった。


 神官の中で魔法が使えるのは一握りだ。

 それでも、大神官も含めて何人かが力を合わせれば、神殿全体を覆う結界を張ることは可能だ。


 国王が住まう王城もあるが、王城には王室付き魔法使いがいるので、こちらが守ろうとする必要はない。


「バロン、貴方も魔法が使えるなら、防御魔術の一つでも張って、一人でも多くの市民を助けなさいよ」


 自分を庇って立つバロンの背中に投げ掛けるアルディラ。

 バロンはそんな彼女を肩越しに一瞥すると優しく微笑んだ。


「……やっぱり、アルディラ様は優しい方だったんですね」


 その言葉に虚を突かれたアルディラが唖然とする。


「俺は貴方の護衛です。なので、今の俺が守るのは貴方なんですよ」


 そう言ってクリスに向き直るバロン。


 ギブソン侯爵の護衛として働いていた時、何度か手合わせをしたことがあったが、剣の勝負でクリスに勝てたことがない。

 彼の剣の腕前は本物だ。


 しかもクリスの正体はこの国の第二王子だった。


 ここで勝てたとしても、待っているのは王族に剣を向けた反逆罪か不敬罪だ。


「……聖女を守ろうとするその心意気、いいね」


 唐突に、バロンの耳に声が響いた。


 知らない声にはっとした直後、バロンとアルディラの足元に、魔法陣が顕現する。


「なっ!」


 驚く一同。クリスが慌ててバロン諸共切り捨てようと大きく剣を振るうが、瞬き一つの間に、二人の姿は消えてしまったのだった。


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