拾:最後の聖女
一瞬視界が白く塗り潰されたと思ったら、次の瞬間には全く違う場所に移動していた。
あの初代聖女の功績を讃える石碑がある丘の上だ。
「……余計なことを」
状況を把握したらしいアルディラが溜め息を吐く。
「君はそう言うと思ったよ」
穏やかな口調でそう言ったのは、魔法道具店の店主、ベルモントだった。
「あの状況で私が死んでいれば、次の聖女は生まれない……私が最後の聖女になるはずだったのに」
「それは君がいつ死んでも同じことさ。君が後継を指名しない限りね」
訳知り顔で頷くベルモント。一人会話についていけないバロン。
彼はバロンを振り返った。
「……ああ、申し遅れたね。僕はベルモント・ハイライフ。一応魔法使いだ」
「ベルモント・ハイライフだって? 先代王室付き魔法使いの筆頭、伝説級の魔法使いじゃないか」
目を瞠るバロンにベルモントも驚いた様子で眉を上げた。
「おや、僕の名前を覚えている人間がこの国にいるとは……ああ、そうか。君はこの国の人間じゃないんだね」
納得した風情で頷いたベルモントに、バロンが動揺を見せる。
そんな彼をよそに、ベルモントはふむ、と呟いた。
「君はギブソン侯爵の元護衛、バロン・カーディナルだね。でも、その正体は、隣国ヴィヌムの諜報員ってところかな」
「な、何を根拠に……」
「んー、まずは魔力かな。僕はこの国の魔法使いの魔力は全部把握しているんだ。でも、君の魔力には触れたことがない。つまり君は外国の魔法使いだということだ」
そうだとしても、ヴィヌムの諜報員だというのは無理があるのでは、と話を聞いていたアルディラはぼんやりと考えるが、ベルモントは小さく笑った。
「簡単だよ。近頃、アカプルコ高原の土砂崩れや国境近辺の荒野での悪天候が続いていて、ヴィヌム王国も疑念を抱いている。その調査のために諜報員を送り込むのは自然な流れだ。そんな中で、この国の魔法使いじゃない人間が突然現れたんだから、そう解釈するのは当然さ」
それを聞いたアルディラが、妙に納得した様子で頷いた。
「そう、貴方ヴィヌムの人だったの……だから聖女に対する思想がコクタイルの人たちと違ったのね」
聖女を神聖視するのは、あくまでもコクタイル王国内での話だ。
先代聖女の指名を受けたら拒否権なく聖女になり、毎日神に祈り、生涯を民衆のために使うべきだと押し付けられるのは酷だ、そんな風に考える者はこの国にはほとんどいない。
「……あと、ベルモントが先代の王室付き魔法使いの筆頭って本当なの?」
納得できるほどの実力はある。彼が作る魔法道具はいつだって期待以上の効果をもたらしてくれる。
しかし、王室付き魔法使い筆頭ともなれば、知らないはずはないのに。
と、そこまで考えて、先代の魔法使い筆頭の名前が思い出せないことに気づいた。先々代は思い出せるのに。まるで、記憶の一部に霧がかかったかのようだ。
「ああ、辞める時に忘却魔法を掛けたからこの国で僕のことを覚えてる人はいないけどね」
あっけらかんと言われ、思い出せないことにも納得してしまったアルディラだ。
「……何故辞めたの?」
「……ソノラとの約束を、守るためさ」
「先代聖女のソノラ様?」
一年前、アルディラを後継に指名して亡くなった先代聖女。
歴代聖女と同じように、毎日欠かさず《聖なる祈り》を捧げ続けていたという。
亡くなった時の年齢は三十五歳。聖女に選ばれたのが十五歳だったと聞いているので在任期間は二十年。
「……彼女と初めて会ったのは、彼女が聖女に選ばれてひと月ほど経った頃だった。疲れ果てた様子だったから回復魔法を掛けて話を聞いたんだ。彼女は慣れない仕事で疲れただけだと言ったが、違和感を抱いた僕は《聖なる祈り》と呼ばれる魔法について独自に調べたんだ」
懐かしそうに目を細め、ベルモントは淡々と続ける。
「そこで、《聖なる祈り》が退避魔法で、毎日発動させることで永続的に王都や国内の主要都市への災害を躱し続けているのだと知った……」
それは先程アルディラが話した内容と合致する。
「そして、それを維持するためには膨大な魔力が必要で、歴代の聖女が短命なのは、魔力の酷使が原因だと悟った……だから僕はソノラに忠告したんだ」
「忠告?」
「祈ることをやめろ、このままでは君も、先代たちのように長くは生きられない、と……でも、ソノラは聖女に強く憧れていたから、その使命を棄てることはできなかった……」
だから彼女は若くして亡くなったのか。
そのことに思い至って、アルディラとバロンは視線を落とす。
「勿論、国王にも進言した。こんなやり方はいつか限界がくると。しかし聞き入れられはしなかった。千年間大丈夫だったのだからこれからも大丈夫だと……」
そんなものは根拠になり得ないのに、とベルモントは嘲笑うように唇を歪める。
「死の間際、ソノラはこの先の聖女が自分と同じ運命を辿ることを憂いた。だから、神官見習いとして自分の世話をしていた中で、最も聖女に不向きな性格だと判断したアルディラを後継に指名したのさ」
聖女に不向きな性格、そう言われてアルディラは納得する。
話を聞いた時、そんなものを受け継ぐべきではないとすぐに直感した。
誰か一人を犠牲にし続けなければ成立しない平穏など、あってはならない。
ただ、ソノラの意図がわからない。
自分が命懸けで守った国を、自分の後継者が滅ぼすことに、責任を感じないはずがない。ソノラはとても模範的な聖女だったのだから。
「そして、彼女は僕に託した。この国に降り注ぐ災害を、《聖なる祈り》以外の方法でなくしてほしいと」
その言葉にアルディラははっとする。
だから彼はずっと協力的だったのか。
「そのための魔法が、やっと今日完成した」
ベルモントはそう言うや、懐から短剣を取り出し、初代聖女を讃える石碑に向けて上から突き立てた。
短剣は岩にも難なく刺さり、まるで墓標のようになる。
「転換魔法!」
ベルモントが呪文を唱えた刹那、短剣から膨大な魔力が飛び出し、一直線に空へ昇っていった。
空を覆う雷雲に当たった瞬間、弾け散って、雲がキラキラした光の欠片に変わる。
「……雷雲が、消えた……?」
バロンが呆然と呟く。
「雷雲がもつ膨大なエネルギーを、魔力に転換したのさ。そしてそれは、この石碑に集約される」
「その膨大な魔力はどうなるの?」
魔力を溜め込むのにも限界があるはずだ。アルディラの懸念を受けて、ベルモントは不適な笑みを浮かべた。
「ある一定の魔力が溜まったら、魔鉱石として吐き出される仕組みさ。魔鉱石になれば、立派な商材になる。まさに一石二鳥だ」
魔鉱石とは、魔力を含んだ鉱石のことで、魔法道具を作るのに欠かせない素材であるが、とても貴重であり、魔鉱石が採れる鉱山があるだけで国が潤うとさえ言われている。
つまり、この初代聖女の石碑が、雷雲のエネルギーを元に魔鉱石を生み出す装置になったということか。
「……とんでもない魔法を作ったわね」
「これでも元筆頭魔法使いだからね」
得意げに言い、彼は空を見上げた。
「これまで《聖なる祈り》が退けてきていた災害は、すべてこの剣が魔鉱石へ変えてくれる。アルディラ、君が命を棄てる必要なんてないんだ」
その言葉に、アルディラは目を瞠った。
「……気付いていたの?」
「薄っすらね。君が、何の策もなく《因果》を解放するとは思えなかったから。きっと、命懸けの魔法を使うつもりなんじゃないかなぁって」
図星を刺されたアルディラが口を噤む。ベルモントは優しく微笑んだ。
「僕の掛けた転換魔法は、定期的に剣の交換は必要だけど、この剣を創る技術を王室付き魔法だたちに伝えれば、将来的ににも安心だよ」
そう言うや、彼はくるりと身を翻した。
「ってことで、僕は王城に行ってくるよ。ああ、これも、国王に提出しちゃっていいかな?」
そう言って彼がバロンに示したのは、彼が焼け落ちた孤児院で入手した書類だった。
「えっ? あれ? いつの間に……」
「神殿の敷地に落ちていたから拾っておいたんだ。アルディラの冤罪を晴らすためには必要だろう?」
その書類には、孤児院の経営者であるネグローニ男爵が、孤児たちを国外へ売り払っていた証拠が記されている。
「で、でも、孤児院の火災の原因は……」
「ああ、それなら王室付き魔法使いが検証すればすぐに判明するから心配いらないよ」
あっけらかんと言うと、ベルモントはアルディラを振り返る。
「アルディラはしばらく逃げた方がいいだろうね。すぐには国王もこの剣の効果を信じず、アルディラを連れ戻そうとするかもしれない。それに、きっと第二王子は君を恨んでいる」
「……そうね。聖女になってから窮屈な思いばかりだったから、旅にでも出ることにするわ」
そう答えたアルディラに、ベルモントは満足そうに頷くと、飛翔魔法を唱えて飛び去って行ったのだった。
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