終:聖女の旅立ち
ベルモントを見送って、アルディラはバロンを振り返った。
「……で、ヴィヌム王国の諜報員さん、貴方はどうするの? 国は帰る?」
アルディラが尋ねると、彼はゆっくりと首を横に振った。
「……いや、俺は既に任務失敗した身だ。帰っても殺されるだけだからな。身を眩ませて逃げるよ」
アルディラが聖女を辞めて逃げることになった以上、彼も彼女の護衛ではなくなる。
敬語を使う必要はなくなったと判断したらしく、砕けた口調で話す彼に、アルディラは目を瞬いた。
「任務に失敗?」
「ああ……国からは、《聖なる祈り》の力について調査して、その秘密を持ち帰れと言われていた。自国でもその力を使って災害を退けたかったんだろうな……でも、その正体が退避魔法で、誰かを犠牲にしないと使えないなんて、上は信じちゃくれないだろうし、仮に信じたとして、誰か一人を生贄にするようなやり方が採用されたら、その方法を持ち帰った俺のせいになる。そんなのは御免だ」
「じゃあ、私と一緒に逃げる?」
アルディラが、バロンに向けて初めて微笑む。
「……え?」
今までの印象と全く変わった彼女の表情に、バロンが間の抜けた顔をする。
「いい、のか……?」
自分は、アルディラを騙していたのに、そう言いたげなバロンに、アルディラは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「私、世間のことをあまりよく知らないのよ。幼い頃に黒髪は不吉って理由で親に捨てられて、孤児院で育って、十二歳から神官見習いとして神殿で過ごしていたから……だから、貴方みたいに国外の事情にも詳しい人が一緒に来てくれると心強いんだけど」
そう言われて、バロンはそういえばこの国には黒髪は少ないな、と気付く。
黒髪が不吉という伝承は、自国にこそないが、コクタイル王国の地方には存在するのだろうか。どこの国にも、マイノリティを差別、迫害する思想というものは存在するんだな、とぼんやりと考えるバロンだ。
「……じゃあ、お供させてもらおうかな」
「あ、一つ条件があるんだけど」
「うん?」
「貴方の本当の名前を教えて。バロン・カーディナルって偽名でしょう?」
諜報活動をする際に本名を使うアホはいない。アルディラの言葉に、彼は小さく笑った。
「ああ、俺の本当の名前はキールだ。キール・ダイキリ」
「そう。私はアルディラ・カイピロスカ」
聖女のファミリーネームは基本的に伏せられることが多い。
聖女を輩出した家柄などがブランド化することを懸念した措置である。
アルディラがフルネームを名乗ったことで、聖女という肩書を棄てるという決意を感じるキールである。
「これからは聖女と護衛じゃなくて、旅の仲間としてよろしくね、キール」
「ああ、こちらこそ」
お互いのことはまだ詳しく知らないが、二人ともこの人なら共に旅ができそうだと感じている。
二人が歩き出した日の空は、ベルモントの魔法の効果もあって、これまでにないほど清々しく晴れ渡っていた。
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