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悪逆聖女は祈らない  作者: 雪途かす


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7/12

陸:消えた聖女

 一方、聖女アルディラは、ある建物の中に足を踏み入れていた。

 狭い店内には壁一面に古びた木の棚が並び、不可思議な道具や古く分厚い本が置かれている。


 ここは魔法道具を扱う店であり、それらは魔法が込められた道具や魔法に関することが記された本である。


「やぁ、よく来たね」


 にこやかな雰囲気で出迎えたのは、細身で紫のローブを纏っていて、右目にモノクルをかけたいかにも魔法使いらしい風貌の青年だ。

 長い銀髪を首の後ろで一つに束ねている彼は、蒼の瞳をアルディラに向けて穏やかに微笑んだ。

 

「例のものは?」

「ああ、できているよ」


 素っ気ないアルディラの態度を気にした風もなく、青年は店の奥に引っ込むと、木箱を手に戻ってきた。

 彼がカウンターに置いた木箱には、不思議な装飾が施された短剣が入っていた。


 アルディラはそれを手に取って眺めると、納得した風情で懐にしまった。


「良さそうね。ありがとう」


 その言葉と同時に、金貨を一枚カウンターに置く。


 その顔を見た瞬間、青年ははっとした様子で僅かに息を呑んだ。


 そんな彼に気付かず、アルディラが身を翻して去ろうとするが、青年は彼女を呼び止めた。


「待って、アルディラ」


 名を呼ばれた彼女は足を止めて振り返る。


「何? ベルモント


 名を呼び返した彼女に、ベルモントと呼ばれた青年は至極真面目な顔で口を開く。


「気をつけた方がいい。悪い相が出ている」


 悪い相、その言い種にアルディラは少々不愉快そうに眉を顰めた。


 残念だが、ベルモントのそういう勘がとてもよく当たるということを、彼女は知っていた。


 占いを得意としている魔法使いはそういった予知能力のようなものが高いことが多く、彼もまた例外ではない。


 ベルモント・ハイライフ。見た目は二十代半ばか後半ほどだが、実年齢は不明の魔法使いだ。


 過去の会話の端々から、彼がどこぞの王国で王室付き魔法使いを経験してきたらしいことは何となく察しているが、アルディラは彼がどういう経緯で王都に魔法道具店を構えているのかは知らない。

 ただ、彼に「こういう魔法道具が欲しい」と言うと必ず用意してくれるので贔屓にしているのだ。


「……気をつけたところで回避できるようなものなの?」


 悪い相が出ているのなら、今後悪いことが起きるのは確定ではないのか、そう言外に含ませて尋ねると、彼はふっと表情を緩めて頷いた。


「勿論、占いはそのためにあるんだから」


 少し得意げな様子で、彼は右手をアルディラに向け、何かを唱えた。


 そして、何か良くないものを見たかのように、ほんの少しだけ眉を顰める。


「……君の命を狙っている者が近くにいるね」

「命を狙われるのはいつものことだわ」


 何だそんなことか、と言わんばかりにアルディラは溜め息を吐く。


 聖女に選ばれ、祈ることを拒否してからというもの、何度も誰に雇われた暗殺者がアルディラの命を狙ってやってきた。


 それをことごとく返り討ちにしてきたことを、暗殺者本人と依頼した黒幕以外は、誰も知らない。


「そうだね……でも、今回は()()()()()()だと、僕の占いが言っている」

「じゃあ、神殿関係者かしら」


 心当たりが多すぎる。

 神官の中には、ろくに聖女としての責務を全うしようとしないアルディラに対し、嫌悪感を抱く者も多い。


 今まで明確な殺意を感じなかっただけで、今代聖女の死を願っている者は多いだろう。


「それはわからない。でも、一人でもなさそうだね……ああ、あと、北へは行かない方が良さそうだ。そこで何かが起きるようだから」


 意味深長に話すベルモントにアルディラは僅かに目を瞠った。


「……北、ね」

「心当たりでもあるのかい?」

「昨日、ベリーニに言われたの。ひと月前にアカプルコ高原で土砂崩れがあって、多くの人が亡くなったから、現地へ行って祈ってくれって」


 アカプルコ高原はコクタイル王国の北端にある。


「……ひと月前に土砂崩れ、か……それは既に起きていることだね」

「それが?」

「僕が視たのは、これから何かが起きるってことだ。もしも君がそこへ向かうと言うのなら、僕は止めるよ」


 いつも柔和な笑みを浮かべているベルモントが、真剣な面持ちでそう告げる。


「行けば私は死ぬってこと?」

「そうなる可能性は高い」


 そうなると、近くにいる聖女の命を狙う者とは、大神官ベリーニのことか。

 北の高原へ聖女を誘き出し、そこで暗殺者を嗾けるつもりか。


 いや、とアルディラは思い止まる。

 もしもそうだとしたら、きっとベリーニは土砂崩れを理由に「祈りに行ってくれ」とは言わないだろう。アルディラが断固として祈らないことは、彼もよくわかっているはずだ。


 となると、別の誰かか。

 大神官は五人。その中には、アルディラに対する嫌悪感を隠さない者もいる。アディントンがその筆頭だ。


 彼なら陰で暗殺者を雇っていても、特段驚きはしないと思ってしまうアルディラだ。


「……アカプルコ高原、か……」


 一人で納得したように呟くと、彼女は今度こそ踵を返して店を後にした。


 その後ろ姿を見送るベルモントが、悲しそうな目をしていたことには、気付かなかった。


「……君も、結局は聖女として生きるんだね……なら、急いで完成させないと……」


 彼の憂いを帯びた呟きは誰にも聞かれることなく、宙に溶けていった。

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