肆:謎多き聖女
その翌日、バロンが再び神殿にやって来ると、案の定というべきか、聖女はまた外出していた。
昨日と同じように聖女の気配を辿り、行き着いたのは、王都郊外の丘の上だった。
その丘は、初代聖女が最初に《聖なる祈り》を行った場所とされており、その功績を讃えた石碑が鎮座している。
神に選ばれた初代聖女は、コクタイル王国の建国に携わり、初代国王を支えたとされているが、千年も昔の話なので、歴史というよりはもはや神話や伝説に近い。
その初代聖女の逸話が刻まれた石碑の前に、アルディラは佇んでいた。
バロンが静かに近寄ると、彼女は振り返りもせずに呟いた。
「……よくこの場所がわかったわね」
「人を探すのは得意なので」
誤魔化すように答えたバロンをちらりと一瞥して、彼女は眼下に広がる王都の街並みに視線を投じた。
街の一角に、焼け落ちた邸宅が見える。昨日の孤児院だ。
かなりの勢いで燃えたが、元々貴族の私邸だったため、庭が広く密に隣接する民家がなかったのは幸いだだった。
あの火事での死傷者は、孤児院の経営をしていたネグローニ男爵一人だけ。火が上がった時、子供たちは外遊びの時間だったため、室内にいたのは事務仕事をしていた男爵だけだったらしい。
「……昨日は何故、孤児院に?」
バロンが尋ねると、アルディラは面倒臭そうに嘆息した。
「答える必要はないわ。言ったでしょう? 私のやることに口出ししないでって」
つまり、孤児院にいたこと自体は否定しないと。
「貴方のやることに口出しをするつもりはありません。ただ、理由が気になっただけです」
バロンがそう返すと、アルディラは僅かに俯いた。
「……理由なんかないわ」
そう呟きながら王都を見下ろす彼女の無機質な瞳に、やはり彼女が屋敷に火をつけたのでは、という疑念がバロンの頭をよぎる。
と、彼女が再び口を開いた。
「……貴方も、聖女は聖女らしく、毎日神に祈り、生涯を民衆のために使うべきだと思う?」
唐突な質問に、バロンは少し考えた。
「……歴代の聖女がそうだったので、そういうものだとは思っていましたが……聖女が先代からの指名制で、拒否権がない以上、それを押し付けられるのは酷だとは思います」
前々から思っていたことを口にすると、彼女は少々意外そうに眉を上げた。
「貴方、変わったことを言うのね」
初代聖女の功績が伝説として語り継がれているこの国では、聖女に選ばれるのは非常に名誉なことという認識が根強く、聖女に憧れる幼い少女はとても多い。
だからこそ歴代の聖女は、選ばれた瞬間から誇りをもって聖女の仕事を全うしてきた。
同時に、それが聖女として当たり前の姿であると、誰もが信じて疑わないのだ。
「……一つ、お尋ねしても?」
バロンがそう切り出すと、アルディラは目で応じ、先を促した。
「聖女アルディラ様は、何故、祈らないのですか?」
ずばり尋ねたバロンに、アルディラは不愉快そうに眉を顰めた。
「あ、いやその、別に非難する意図はなくてですね……」
自分の言葉が、正面切った批判と捉えられかねないと気づいたバロンが慌てて弁明する。
すると、アルディラは表情を緩め、言葉を選ぶようにして答えた。
「……祈ることの意味が、見出せないからよ」
祈ることの意味。
そう言われてバロンは目を瞬いた。
聖女とは、神官とは、祈ること自体が仕事といっても過言ではない。
だが、聖女と神官の日課の祈りはすなわち礼拝であり、神を拝むことなので、《聖なる祈り》とはまた別物だ。
《聖なる祈り》は、祈りという名こそついているが、現代では特殊魔法に分類されている。
あらゆる穢れを祓い、幸福と繁栄をもたらす、特級の魔法であると。
「聖女様の《聖なる祈り》には、甚大な力があり、非常に意味があることでは?」
バロンが思わずそう答えると、アルディラはふんと鼻を鳴らした。
「ただの祈りと聖なる祈りは別物で、《聖なる祈り》は魔法の一種よ。その効果は知ってる?」
「ええと、あらゆる穢れを祓い、幸福と繁栄をもたらす、では?」
「そう言われているわね。じゃあもう一つ聞くけど、貴方は穢れとやらが見える? 幸福って一概にどんなものか定義できる?」
聞き返されて、バロンは言葉に窮した。
確かに、穢れなど見たことないし、幸福と繁栄をもたらすと言われても具体的にどうなるのかは明言されておらずわからない。
ただ、先代聖女が、建国祭の時に《聖なる祈り》を捧げた瞬間は見たことがある。
神々しい光が聖女から放たれ、辺り一体の空気が澄み渡ったような気がした。
それが聖なる祈りの効果なのだと思っていた。
「《聖なる祈り》によって得られる幸福がどんなものかはわかりませんが……災害から守ってくれる側面もあると聞いたことはあります」
うーんと唸りつつ答えたバロンに、アルディラは「わかっていない」とでも言いたげな様子で小さく息を吐いた。
「アルディラ様?」
彼女の反応から意図を汲み取れず、バロンは首を傾げる。
「……帰るわ。目障りだから近くを歩かないでくれる?」
アルディラは彼に冷たく言うと、彼の横を素通りして歩き出してしまった。
想像はしていたが、聖女とコミュニケーションを取るのはかなり難しいようだ。
仕方なく、バロンは少し距離を空けつつ、彼女の後ろを歩き出すのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




