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悪逆聖女は祈らない  作者: 雪途かす


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4/12

参:疎まれる聖女

 翌日、契約通りの勤務時間に神殿にやって来たバロンは神官の話が聞こえて思わず耳をそばだてた。


「アルディラ様のわがままにも困ったものだな」

「急に外出するなんて、一体何を考えているのか」

「先代聖女ソノラ様も、どうしてあんな小娘を……」


 やれやれ、と露骨にアルディラを批判する言葉に、バロンは何とも言えない気持ちになった。


 先代から指名を受けた場合、拒否することは許されず聖女にならなければならないと聞いた。


 アルディラは現在十八歳。聖女に選ばれたのは約一年前。

 二十歳の自分と二つしか違わないが、もしも彼女が聖女になることを望んでいなかったにも関わらず、十七歳で指名を受けたせいで人生の自由が全て奪われたと考えたら、あの態度にも少しは納得できる。


 彼女の立場からしたら、ある日突然聖女に選ばれ、生活の自由を奪われ、それが一生涯続くことが確定してしまったのだから。


 市民の中には、先代聖女を金で買ったり脅したりして聖女の座に就いたと噂する者も多いが、昨日少し話した彼女の様子からは、なりたくて聖女になったようにはとても見えなかった。


 と、そこまで考えて、神官の言葉の中に聞き捨てならない単語が入っていたことに気付く。


「ちょっとすみません! 聖女様が外出されたって本当ですか?」


 バロンが慌てて声をかけると、三人の神官が振り返った。

 彼らは怪訝そうにバロンを見たが、そのうち一人が「ああ、アルディラ様の新しい護衛か」と気づき、答えてくれた。


「ああ、今朝方、突然急用ができたと言って飛び出して行ったよ」

「護衛も付人も要らないと言って、あっという間に姿を眩ませてしまってね」


 肩を竦める神官たちに、バロンは間の抜けた顔をした。


「は? え、じゃあ、俺はどうしたら……」


 あまりに予想外のことでうっかり素が出てしまったバロンだが、神官たちは気にした風もなく首を横に振るだけだ。


「アルディラ様の護衛なんて、君も大変だね。こんなこと日常茶飯事だから、気に病むだけ損だよ」

「護衛につく前に出て行かれたんだ、君には咎もないだろう」


 アルディラのことを誰一人として心配している様子はない。

 いくら悪逆聖女と言われているにしても、相手は十八歳の女の子だというのに。


 清廉潔白の代名詞とも言える神官たちの言動とはとても思えないが、それだけ普段からアルディラのわがままにも振り回されっぱなしなのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、神官たちに礼を言って踵を返す。

 とにかく今はアルディラを探さなければ。


 と、廊下と角を曲がったところで、出会い頭に出てきた人物とぶつかりそうになって咄嗟に後ろに飛び退く。


「っと、失礼」


 穏やかに片手を上げたのは、五十代の男性神官だった。

 中肉中背で金髪にグレーの瞳を有するその人物は、五人の大神官のうちの一人、アディントンである。


「すみません、急いでたもので」


 慌てて一礼したバロンに、アディントンは首を傾げる。


「見ない顔だ。神官じゃないな」

「はい、本日より聖女アルディラ様の護衛となりました、バロン・カーディナルと申します」


 そう名乗ったバロンに、アディントンは露骨に顔を顰めた。


「聖女様の護衛が……君も難儀だな」


 その表情に、彼がアルディラに対していい感情を抱いていないのだと悟る。


「ええと、そんなに大変なんですか?」

「そうだな。毎日わがままばかり言って、《聖なる祈り》はおろか、神官としての礼拝にさえ参加しない。聖女としてあるまじき態度だ」


 嘆息するアディントンに、バロンは返す言葉を探すが、彼が答えるより先に、アディントンがバロンの横を擦り抜けた。


「まぁ、君は自分の仕事を全うしたまえ」


 すれ違い様にそう言い残し、彼は足早に神殿の奥へ向かって行った。


 その後ろ姿を複雑な気持ちで見送り、バロンは気を取り直して、アルディラの行方を探すために神殿を後にする。


 とはいえ、神殿がある王都はかなり広い。

 アルディラが神殿を出てから時間も経っているようだし、どうしたものか。


 バロンは辺りを見渡し、手近の民家の屋根によじ登った。

 屋根の上に立つと、右手を前に掲げて目を閉じる。


探知魔法クワエレーレ


 静かに唱えると、彼の周りの空気がふわりと動いた。

 対象の居場所を探す魔法だ。

 これでアルディラの気配を辿る。


 と、意外な所に気配を見つけて、バロンは首を傾げた。


「孤児院……?」


 視えた景色は、王都の外れに位置する孤児院だ。

 悪逆と謳わられる聖女でも、孤児を慰めたり労ったりするのだろうか。

 もしかしたら、彼女は誤解されやすいだけで、本当は優しい人かもしれない。


 そんなことを思いつつ、バロンは足早に孤児院に向かった。


 そして、そこに着いて絶句した。


 轟々と、炎が上がっていたのだ。

 元々貴族の邸宅だったらしい大きな石造りの屋敷が、見る影もなく真っ赤な炎に包まれていた。


「おいおい! 何が起きてんだよ!」


 中の様子を見ようにも、既に火の手が回り過ぎていて入れない。


 と、庭の隅で身を寄せ合うようにして固まっている子供達に気づいて駆け寄った。


「お前たち、ここの子供か?」


 怖がらせないように語尾を柔らかくしつつ尋ねると、子供たちは顔を見合わせながら頷く。


「う、うん……」

「これで全員か? 孤児院の責任者は?」 


 立て続けに問うと、一番年長と思われる少年が、怯えたような表情で屋敷の方を指差した。


「ネグローニさんは、まだ中に……」

「何だって?」


 慌てて振り返るのと、屋根が轟音と共に焼け落ちたのは同時だった。


 これはどう見ても、どう足掻いても助からない。助けられない。

 たとえ魔法で即座に火を消すことができたとしても、間に合わないだろう。


「っ! お前ら! ここも危ない! 離れるんだ!」


 今は子供を助けることが最優先だと割り切り、バロンが彼らを誘導する。


 と、その時、燃え盛る屋敷の向こうに、人影が見えた。

 艶やかな黒髪の美少女は、昨日神殿で顔を合わせた今代聖女のアルディラに他ならなかった。


 彼女は冷めた目を屋敷に向け、さっと身を翻して去って行ってしまった。


 先日の、王都付近の村の火事と、全く同じだった。


「……おいおい、まさか、聖女が……?」


 証拠はない。ただ火災現場に居合わせただけ。


 それでも、短い期間に二度も同じような状況を目の当たりにして、偶然だと思えないでいた。


 バロンは騒ぎを聞いて駆けつけた憲兵に子供たちを預け、再び聖女を追いかけて走り出したが、結局その後彼女に追いつくことはできなかった。

 探知魔法を使えるほどの魔力が残っておらず、バロンは結局闇雲に街中を探し回って、護衛の勤務時間を終えるのだった。


 日が完全に暮れた頃、ギブソン侯爵が手配してくれた神殿近くの家に帰ると、バロンは一枚の紙にさらさらと何かを書き込んだ。


 コクタイル王国の聖女に関する調査報告、と書き出して、ペンを止める。


「……まだ報告できることはないな……」


 ペンを置き、今日起きた出来事と、昨日の聖女の姿を思い出す。


「……噂通りだが、()()()()()()とは随分違うな」


 月明りに照らされた神殿を窓から眺めながら、バロンはそう呟くのだった。

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