弐:傲慢聖女
翌日、ギブソン侯爵から命じられて神殿を訪れたバロンは、応接室でこの国で五人しかいない大神官の一人と対峙していた。
「君がバロンかね?」
白髪に淡い青の瞳の大神官ベリーニ。
齢五十を数える割に若々しく、逞しい体躯の男だ。
五人の大神官のうち、神殿と貴族院と王族の三者間において、中立を貫く姿勢で有名な人物である。
一方、名を呼ばれたバロンは居住まいを正して頷く。
「はい、バロン・カーディナルと申します」
「そうか。ギブソン侯爵からの紹介で、腕のいい用心棒を手配してもらったが、思いの外若くて驚いたよ。君には、聖女アルディラ様の護衛を頼みたい」
「……はい、伺っております」
話が早いバロンに、ベリーニは神殿を案内しつつ、聖女の部屋に向かった。
歩きながら、ベリーニが今回の経緯について語り出したがそれはギブソン侯爵から聞いていた内容と同じ話だった。
「急に親衛隊が辞退を申し入れて来て困っていたが、すぐに手配してもらえて助かった」
「何故、親衛隊の方は辞退を……?」
つい尋ねると、ベリーニは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……親衛隊は皆、王立騎士団から選ばれた精鋭だ。当然誇りも矜持もある。それ故に、守るべき聖女からの扱いに耐えられなかったのだろう」
つまり、聖女の護衛になるということは、聖女から雑に扱われるということか。
これから聖女の護衛につく者にその話をするのはいかがなものかと思うが、きっとその点を隠しても、遅かれ早かれ思い知ることになるのだろうと察するバロンだった。
それにしても、名誉ある親衛隊が全員辞退するなんて、一体どのような扱いが待っているのだろう。
「君には聖女様の外出時を中心に護衛してもらう……いくら聖女様ご本人の希望とはいえ、護衛が一人もついていないというのは流石に外聞が悪いからな」
ベリーニの言葉に、バロンは目を瞬く。
「ええと、つまり、聖女様ご自身が護衛を望まれていないと?」
「ああ、警護は不要だと仰ってね。だが、神殿としての立場もあるため最低でも一名は護衛をつけるとは伝えてある」
「そうですか……」
バロンが頷く。と、ベリーニは神殿の北の塔へ入り、螺旋状の階段を登っていく。
昼間でも薄暗く湿っぽい。
本当にこんなところに聖女がいるのだろうか。
「聖女様の自室はこの塔に?」
「ああ、歴代の聖女様は皆この塔の最上階の部屋を使ってきた。《聖なる祈り》をいつ行っても王都中に行き渡るように、ということらしい」
歴代の聖女は、毎日神殿の祭壇前で祈っていたと聞いたことがある。それ以外の時間でも自室で祈りを捧げていたのだろうか。
だとしたら、歴代の聖女には自由な時間というものはなかったのだろうかと、そんな悲しい想像がバロンの頭をよぎった。
と、階段を登りきり、現れた木製の扉をベリーニが軽くノックする。
中から怪訝そうに応じる声が聞こえてきて、バロンは扉を開けたベリーニに続いて一歩中に入った。
「アルディラ様、新しい護衛をご紹介いたします」
「聖女アルディラ様にご挨拶申し上げます。明日より、聖女アルディラ様の護衛を務めます、バロン・カーディナルと申します」
挨拶を述べて一礼し、顔を上げたバロンは、窓際に座って自分を見ていた女と目が合って、無意識に息を呑んだ。
背中まである艶やかな漆黒の髪に、夜空を思わせる藍色の瞳を有した美しい女性がそこにいた。
あの大火事の起きた村で見かけた女だ。
バロンは視線だけを巡らせて部屋の様子を見た。
歴代聖女の部屋らしいが、ベッドが一つと食事用と思われるテーブルのセット、それから本棚があるだけの、とても質素な部屋だ。
彼女は無感情な目でバロンを見て、僅かに眉を寄せた。
「……護衛なんて要らないって言ったのに」
「しかし、歴代の聖女には必ず親衛隊がついていました。今代聖女にだけ護衛が一人もいないとなると、神殿としての体面が……」
取り繕うベリーニに、アルディラは冷たく吐き捨てる。
「そんなことで保てなくなる体面なら、さっさと潰してしまえばいいのよ」
彼女はバロンを見た。
「……バロンと言ったわね。これだけは言っておくわ。私のやることに口出しをしないで。神殿から雇われている貴方は私の護衛をしなければならないと思っているでしょうけど、別にサボったって言いつけたりしないから、貴方も好きに過ごしていいわよ」
つまり、護衛などしなくてよいということか。
ベリーニの手前、バロンが尋ね返さずにいると、彼女は大袈裟な様子で溜め息をついた。
「常時護衛に張り付かれるなんて、見張られてるみたいでうんざりなの。私は好きにやるから、いちいち口出ししたりしないでね」
念を押すようにそう言うと、彼女は手を払うように振って、ベリーニとバロンに部屋を出ていけと示したのだった。
「……いつもあんな感じなんですか?」
階段を降りながら思わず尋ねると、ベリーニは疲れた様子で溜め息を吐いた。
「ああ、アルディラ様には少々手を焼いていてね……先代聖女のソノラ様が、慈愛に満ちた方だった方だからこそ尚更アルディラ様の冷淡さが際立ってしまって……」
言葉を濁してはいるが、普段から相応に困っていることが伺える。
「……あの、差し支えなければ、神殿の図書室をお借りできませんか?」
「図書室? 何のために?」
怪訝そうに振り返ったベリーニに、バロンは僅かに苦笑を浮かべて頬を掻く。
「恥ずかしながら、あまり聖女様の歴史や王都の街中の地理には明るくなくて……今日の内に、ある程度頭に入れて置けたらなと」
「そうか。仕事熱心だな。夕方までは神官向けに解放している。それまでは君も自由に使って構わんよ」
「ありがとうございます」
ベリーニに許可を得たバロンは、神殿の図書室へ向かった。
何人かの神官が、魔法書を広げて魔法の勉強をしているのが見える。
その机の脇を素通りして、バロンは奥の本棚へ向かう。
そこには、コクタイル王国の建国の歴史や、歴代聖女の功績が記された歴史書が並べられている。
歴代聖女の就任年を見て、バロンは目を細める。
「……大体十年から二十年に一度、最長でも三十年ちょっとか……」
千年間の歴史の中で、選ばれる聖女の年齢はほとんどが十五から十八歳。
そして、平均的に十五年ほどで、次の聖女が指名されている。
つまり、聖女のほとんどは二十代半ばから三十代の内に命を落としていることになる。
「……いくらなんでも、短命すぎないか……? 《聖なる祈り》はそんなに負担がかかるものなのか……?」
しかし、死因については何も記載されていない。
もしかして、アルディラが断固として祈らないのは、《聖なる祈り》を行使することで短命になることに気付いているからではないのか。
そんな疑念が頭をよぎる。
彼女と話をしてみないことにはわからないが、先程の聖女の反応から、護衛である自分を受け入れてるようには到底思えず、先が思いやられてバロンは無意識に溜め息を吐くのだった。
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