第4話 魔法
「いやあ悪かった悪かった てっきり人なんかいないと思ってよ。」
身の丈2mはあるであろう大男は、ナコと目を合わせるなりそう言った。
大男に担がれていた女性が、肩から飛び降りる。申し訳無さそうに口を開いた。
「本当にすみませんでした。お怪我はありませんでしたか?壊してしまった杖はもちろん弁償します。どんなお詫びをすればいいか……」
「それにしてもお嬢ちゃんは良い肩してるねえ、杖を投げて、なかなかあんな速度は出せないよ はっはっは」
「もうっ! アドラさんも謝ってください! 本当にすみません」
大男の方の態度のために、女性の方が倍以上は謝っている
「いえ、杖を弁償してくれるのならこっちはいいんです、でもどうしてあんな爆発を?」
ナコが訊いた。
「ええと、普段この洞窟は商人の走路として使われているのですが、「近頃アーントが増えて通れないから討伐せよ」との依頼がギルドに来まして、それでええと、あの……」
「商人がいないのならこんな辺鄙なところに人なんかいるわけないからつって魔法をぶっぱなしていたわけだな」
男は女が言いづらそうにしていたところに口をはさんだ。
「ちょ…アドラさん、もうちょっとオブラートに包んでください」
「ギルドの人達なんですね。実は、あたしは冒険者になりたいんですが、どうすればなれるのか何もわからなくて。もしよかったら、いろいろと教えてもらえませんか?」
ナコが丁寧な言葉でお願いをする様子を見て、牛は感心した。今までずっと部屋にいた牛は、彼女が他人と話しをする姿をほとんど見たことが無かった。
「もちろんです。私たちの力になれることならなんでも言ってください。」
「おうよ、もちろんだ。俺の名前はアドラ・ディグナス、そんでこっちはリサ・レクシオだ。冒険者になりたいなら、うちのギルドに来てみるといい」
アドラはリサの肩に手を置きながら話した。笑った時に見える歯が褐色の肌のおかげでより白く見える。
「ありがとう、あたしはナコです。」
ナコは屈託のない笑顔で返す。
「アドラ殿、リサ殿、ありがとうございます。私はモーくんと申します。これからナコともどもよろしくお願いします。」
リサは紫の瞳をきょとんとさせ、アドラは赤い短髪の頭をかいた。
明らかに場の空気が変わったことに牛が戸惑っていると、リサの悲鳴が響いた。
「キャー!! ナニコレかわいい! ぬいぐるみがしゃべってる!!」
「ナコちゃん、彼は……いったい何者なのかな?」
「ええと、一昨日までは普通のぬいぐるみだったんですけど、突然こんな感じに。あ、でも昔から意識はあったらしくて。…やっぱりめずらしいんですかね?」
「いやあ、めずらしいと思うよ、魔術なのかなあ? 俺もこんなの初めて見るわ。」
アドラは牛の首根っこをつかんでまじまじと見つめた。頭の上まで掲げているものだから、牛は高さにビビっている。
「どう? リサはなんか分かる?」
「知らないですよそんな魔術、知ってたらとっくに私が使いますし、てゆうかアドラさん私にも貸してくださいよ!」
リサは瞳をキラキラさせ、飛び跳ねて牛をつかもうとしている。しかしアドラの肩までしか届いていない。
「あと、できればそのモーくんも一緒に行動したいんですけど、大丈夫ですか?」
「ん? まあ確かに変わってるが、うちのギルドはそんな奴ばっかりだ。問題ねーよ、リサも気に入ってるみたいだしな」
アドラは牛をリサに手渡した。牛は二人に興味を持ってもらえたことが満更でもなかった。
「わああ! しゃべるぬいぐるみです! 私子供のころ夢だったんですよ、ぬいぐるみとお話しするの」
リサは子供のように無邪気な顔で牛に抱き着いた。
「はじめまして、もーくんさん、これからよろしくお願いしますね」
「リサ殿、こちらこそよろしくお願いします。」
「やーん! しゃべったー!」
リサは目をキラキラと輝かせた。牛としても、こうして喜んでもらえるのは、ナコが小さい頃以来なので、ご満悦だった。
「そういえばリサ殿、先ほどの爆発はリサ殿の魔法だったのですか?」
「はい、そうで──」
リサは牛に夢中になって緩んでいた顔を引き締めた。牛を一度ナコの元に返す。
「先ほどは、危険な目に合わせてすいませんでした。」
急にかしこまってしまったので、牛は申し訳なく感じてすぐに否定した。
「いえ、責めるつもりで言ったわけではないのです。ただ、実に見事な魔法だったので、もしよろしければ、私とナコに魔法の使い方を教えてはいただけませんか?」
「私からもお願いします!」
ナコも頭を下げた。
「もちろんいいですよ! では、せっかく広い場所に来ていますし、今から少しやってみましょうか」
リサは牛から借りた果物ナイフで洞窟の壁に術式を書いた。それを指さしながら、ナコと牛の知識レベルを探りつつ、魔法の原理をかみ砕いて指南した。
「────とこのように、術式を覚えた上で、うまく演算できれば魔法が打てます。とはいえ属性との相性もあるので、まずはこの基本のものを撃ってみて適性を見てみましょう。」
説明が終わるとリサは「こちら、お返ししますね」と言って、牛に果物ナイフを返した。
それから牛とナコは、壁の術式とにらめっこしたり、声に出してみたりしてそれを覚えていた。待ち飽きたアドラは自分の腕を枕にして横になっている。
「覚えました。」
牛が手を上げる。
「おお、早いですね。それではモーくんさん撃ってみましょうか」
リサは最初は牛が歩いたり声を出すたびに「ぬいぐるみが動いた!」と歓喜の悲鳴を上げていたが、さすがに落ち着いてきたようだった。
牛が右手を前に出して詠唱する。
「ファイア!」
ライター程度の大きさの火がでた
「出ましたよ! 見てください、ナコ」
しかしナコは術式を覚えるのに必死で、牛の声は聞こえていない。
「おお、魔法出るんだな、ぬいぐるみなのに。」
「お見事です、では次の魔法を撃ってみましょうか」
「ウォーター!」
手の先から滴る程度に水が出た。
「レイ!」
豆電球のように手の先が光った。
「サンダー!」
牛の手から稲妻が走った。
「お、いいですね。どうやらモーくんさんは雷属性との相性が良いみたいですね」
「そうなんですか!」
牛が喜んで飛び跳ねていると、次第にふらついて、尻もちをついた。
「あ! 危ないですよ、初めて魔法を使うと疲れるので今日はこのくらいにしましょうか」
「はい」
牛がナコの様子を確認すると、まだ術式を見つめていた。そして、彼女が読み書きを学んでなく、簡単な文字しか読めなかったことを思い出した。リサが書いてくれた術式には、少し難しい言葉が使われていたので、ナコ一人では解釈に時間がかかって当然かもしれない。
「ナコ、そこの文の読み方はですね・・・」
「あ! そうか」
牛が少しアドバイスしただけで、ナコは理解した様子だった。どうやらその単語が読めなかっただけらしい。本当はもっと早い段階でナコにいろんなことを教えてあげたかったところだが、今からでも、教えてあげられることは全て教えようと心に決めた。
それからナコが術式を声に出して覚えようとしている様子を見守っていると、ふと、ナコが知らない知識をどうして自分が知っているのか、疑問に思った。
今まで考えても仕方ないと、気にしてこなかったが、そもそもナコと出会う前、自分が何者かすら知らなかったというのに、なぜ言葉や常識を知っていたのだろう。
魔術に精通した人でさえ驚く自分は、一体何者なのだろう。
そんなことを悶々と考えていたが、答えは出なかった。牛がそうしているうちに、ナコが「覚えました!」と言って立ち上がった。
「ではファイヤから撃ってみましょうか」
リサが微笑みながら言った。
「よし、じゃあいくよ・・・ファイア」
その瞬間、リサには何が起きたのかわからなかった。視界の全てが炎に埋め尽くされ、爆音が響く。端にいたアーントたちは跡形もなく焼け消えた。その日、何度も爆発魔法を放っていたが、これほどの範囲の炎はリサも出してはいなかった。
「すごいですよ! ナコちゃん! 炎の規模の大きさは込めたマナ量の大きさに比例します。これだけ大きな炎を出せる人はめったにいませんよ!」
リサはナコの手を取って興奮した。
「ああ、たいしたもんだよ、マナ量だけならリサよりも多いんじゃないか」
ナコは照れて自分の後頭部を撫でた。しかし、この場で一番喜んでいたのは牛だった。
「凄いですよナコ! やっぱりナコには素質があったんですね!」
牛はナコの足元で飛び跳ねて喜んだ。これまで環境に恵まれなかった彼女に、初めて幸運が舞い込んだと思った。
牛はそうして喜んでいると、先程まで悩んでいたことをいつの間にか忘れてしまった。




