第36話 マザーと人形兵
私が目覚めた時、目の前には一人の女がいた。
「ここは?どこですかねぇ?」
首を動かして周囲を確認するとそこは小さな小屋。
私の目の前で椅子に座っていた女はなにも言わず立ち上がった。おもむろに私に近づくと腕をつかみ、体を隅々まで観察する。
「あ、あのこれは…」
突如として始まった意識で、見知らぬ女性に見知らぬ自分の体を触られる。私はまるで訳が分からなかった。
しかし、女は私の足をつかんではどこか痛いところはないのかと聞いてきたり、その質問でついていることを知った翼を触っては、動かしてみろと言った。私は訳の分からないまま言われるがままに対応した。拒む理由すらない私にはそうするしかなかった。
「そう…」
一通り私の体を触った女は気がすんだようで、椅子に戻り、何かを書き始めた。私がぽかんと虚空を見つめていると女が振り向いて今書いていた紙を見せた。
「これ、君の名前・・あと裏面に君にしてほしいことが書いてあるから」
その紙にはオクール・タクタキシヴィリと書いてあった。これが私の名前なのだろうか、裏面をみると私への命令がびっしりと書いてある。すると不思議なことに、自分はこの人間を主人として働くために生まれたのだと悟った。あとから思えば、この人にそう思うように作られたのであろう。
女はもうすでに椅子を机に向けて座り、なにか作業を進めているが、これから私がこの人に仕えるのであれば、まず第一に聞かなければならないことがある。
「あの…私はあなたをなんと」
私がそういうと、彼女はぴたりと手を止め、少し考えた後
「マザーと…呼んで」
彼女は震えた声で答えた。
「マザー様…」
創造主への敬意なのか無意識のうちに私は様をつけて敬称していた。
外にでて分かったことだが、小屋の周りは樹海だった。私は背中の翼を使い空を飛んで、上から樹海を見る。するとマザー様のいる小屋はすぐに見えなくなった。
私はマザー様からある仕事を頼まれていた。それは樹海に入った人間を捕まえることだ。捕まえた人間は小屋に運び、手でマナを吸い取る。その間食事はもちろん水も一切出さないから、数日もすればその人間は死ぬ。マナは食事をとらなくてもいくらかは回復するため、たいがい死ぬまでに3回ほど回収できた。できたマナは家の地下にある研究室で、魔石に注入するように言われていた。
たまに、捕まえてきた人間に命乞いされる。もちろんその申し出は歯牙にもかけずに却下されるわけだが、人の命をなんとも思わない自分の倫理観念について考えるきっかけになった。考えたといっても、結局のところは「そういうふうに作られたから」という結論にたどり着く。ではなぜ彼女は私をそう作ったのだろう、同じ人間に対してなぜ彼女はこうも冷酷であれるのだろう。家の裏の死体の山が高く積み重なる一方で、謎は深まるばかりだった。
オクールが起きてから数年たった頃、鎧を身につけ武器をもった兵士が多く樹海に入ってきた。いつものように捕まえて情報を吐かせたところ、彼らは帝国騎士団の兵士や、そこの依頼をうけた冒険者だった。そして彼らの話では自分らが帰らなかったときには帝国騎士団の大軍勢が攻め入ってくるというのだ。
マザー様は新たに人形を2体作り出した。一体は変身能力のある人形、手先が自在に変形することを活かした裁縫で、ぬいぐるみを量産できた。このぬいぐるみに魔石を入れて新たな戦力とするらしい。もう一体の人形は小柄で、身の丈程の棒を持っている。その大勢のぬいぐるみたちを一度に指揮する能力があった。
さらに私には新たに幻術を授けてくれた。適当な敵に試したところ、敵の意識がなくなり無抵抗の人間を捕獲できる優れた術だった。しかし私が興味をもったのはそこではない、この幻術はかけたときに敵は過去の記憶を見続けるらしく、被術者が見ている光景を術者である自分ものぞくことができる。つまりこの術ならば、訊いても頑なにこたえようとしない彼女の過去を知ることができるのだ。
そう思ったとき、すでに寝静まった主人のそばに立っていた。術の詠唱を始めたとき、そもそも主人である彼女に自分は攻撃できるのか疑問に思ったが、それは杞憂に終わり、問題なく術がかかった。
彼女の人生はどこまでも孤独なものだった。父親は見たことが無く、母親はいつも研究に没頭していて自分には興味をしめさない。マザーはいつも母親のもっている膨大な数の本を読んで過ごしていた。
それでも母親に構ってほしい気持ちが募った彼女は、どうにかして母の研究を手伝うことができれば、母の気を引けるのではないかと考えた。もしかしたらほめてもらえるんじゃないか、そんな思いで今まで読んでいた本や母親の研究所の切れ端を頼りに、部屋にあった牛のぬいぐるみを動かすことに成功した。
期待に胸を馳せてぬいぐるみを母に見せるも、母の反応は予想とは違かった。
「なによこれ‥、これ見よがしに見せつけてバカにしてんの?!」
母はぬいぐるみを窓の外から投げ捨てた。
マザーの才能は母親を軽く凌駕していた。そしてその才能は母親のプライドをひどく傷つけたのだ。
次の日、地下の研究室を覗くと母親は首をつっていた。
それからマザーは食事は家の周りの野草をとったり動物を狩って生活した。彼女にとって初めての経験で決して簡単なものではなかったが、それでもこれまで一度もしたことのない他人との会話や、ましてや街にでることは考えられなかった。狩り以外の時間は研究に費やした。いまだわからないことが無限に広がる学問を追及していれば暇になることは無かった。これまではかろうじてあった人とのつながり、母親からの視線や邪魔くさいといった言葉、それすらも無くなった彼女は他の人間に全く合わないまま数年が経って行った。
そんな生活を数年続けた頃、彼女がいつものように狩りをしていると遠くから冒険者の声を聞いた。生まれてからずっと母親以外の人間にあったことが無い彼女にとって、それは恐怖でしかなかった。
すぐさま研究室に戻り、彼女はオクールを作った。
朝になり普段通りに私は外にでた。横目にみたマザー様は普段通りで、術をかけたことはばれていないようだ。彼女はあくまでも研究者であり、術への抵抗度は人並みということなのであろう。
この出来事で私が持っていた疑問の答えがでた。マザー様が人に対して無情になれる理由、それは彼女が極度の孤独に長く身を置くあまり、自分以外の人間が恐怖の対象でしかなくなっていたからだった。
私はこのまま外から入る敵を倒すだけでいいのか一考した。もしかしたら一度ゆっくりと外部の人間と話しあえば心通じることがあるかもしれない。そうなればマザー様は多くの人とかかわることになり、彼女の研究は高く評価されるだろう。彼女が求めているものが何かはわからない、だが一度も外の世界に触れることなく拒絶し続けることが彼女にとって一番良い選択なのだろうか。
翌日からは情報のとおり騎士団の大軍勢が樹海に侵入してきた。オクールは上空からその敵軍を見つめ、主が外部の人間と交友するなんてことは、とうの昔に手遅れな状況になっていることを悟った。そうしてオクールはいつものように敵として扱うことを決意した。
オクールの幻術によりほとんどの兵は無力化、そこをリュリが率いるぬいぐるみ兵たちの数でつぶし、夜になればツギハギが敵兵に扮して闇討ちを仕掛ける。しかも敵兵のマナからぬいぐるみ兵を作れるとあって、この戦争は意外なほどにあっけなく騎士団側の全滅で終結した。
それから、樹海に来る人は激減した。だからといって困ることもなく、戦争でできたマナのストックだけでマザーの研究に使うには十分だった。動物を狩るのはリュリの役目になり、家事はツギハギがこなした。オクールは変わらず樹海付近を巡回した。
そんな日々の中でオクールは不意にマザーの研究書の一片を見つけた。そこにはオクールたち人形兵の自我を奪い命令だけを従わせる方法が書いてあった。あのコミュニケーションを嫌う主が、今までただの一度もこの手段をとっていないことが少し気がかりだったが、オクールにとって主の命令に従うことこそ全て、以前幻術をかけたことに後ろめたさを感じていたこともあり、深く考えるのをやめた。
また人に会わない生活が数年続いていたある日、マザーの体に異変が起こる。病で倒れたのだ。
オクールは彼女を治すためにツギハギを街に連れていき、変身能力を使って回復薬を買ってきた。しかし、どれも効果はなく次第にやつれていきついに眠ったまま目を覚まさなくなってしまった。
そんな中、蓄えておいたマナをオクールの手でマザーに注入したところ、彼女の血色がほんの少しよくなった。すかさずありったけのマナを彼女に注入したが、数年間人が立ち入らなかったこともあり、すぐにマナの蓄えも底をついた。
それからオクール達人形三体は樹海を出てマナ量豊富な人間を探しては攫い、マナを絞り出してマザーに捧げた。そしてナコを攫ってきた夜のことだった。
ドアを開けるとそこには誰もいない。マザー様は奥の部屋で寝ているはずだし、リュリは外に獣を狩りに行っているのであろう。
オクールはナコを床に投げ落とした。
「ってええな!」
叫び、にらみつける少女の首を掴みマナを吸い出し始めた。
「やめろ!おい、離せ!」
もがき声を出していた少女はしばらくして意識がなくなった。
「よし、それにしても素晴らしいマナ量ですねぇ」
「これならマザー様も意識取り戻すんじゃない?」
「ええ」
二人は急ぎざまに奥の部屋に入る。ベッドに寝ているマザーの血色はここまで絞り出してきたマナでだいぶ良くなってきていた。
オクールは彼女の頭に手をあて、マナを注入した。すると、その途中でマザーは声を出し始めた。
「ママ、寂しいよ…」
眠ったままつぶやかれた言葉に二人は驚きマザーの顔をよく見ると、彼女の瞳からは涙がこぼれていた。
彼女が発したたった一言にオクールは思考をめぐらせた。外部の人間を完璧に閉ざし続けていた彼女もやはり寂しかったのだ。幼き日の夢を見ているだけなのかもしれない、だがしかし幼き頃に寂しく感じていた彼女が今の現状に満足できているはずがない。私はなぜ今まで彼女と積極的にコミュニケーションをとろうとしなかったのだろう、孤独な彼女が私たちに自我を与えたのは、普通に考えれば寂しかったからに決まっているではないか。研究書を見つけたときにも心の奥底では感づいていたが、直接命令を受けていないからなどという理由で行動に移さなかった自分を省みた。
マザー様が起きたとき、少しづつでもしっかり会話をしよう、今更外部の人間とのかけ橋をすることなどできはしない、しかし、これからは創造主が口に出さずに抱えている孤独に寄り添おう、他でもないマザー様のためにやれることをやっていこう。
「ちょっとまって」
「はい?」
オクールはマザーの頭に手を置いたまま、隣を見るとツギハギがマザーの胸に手を置いていた。
「心音‥止まってない?」
オクールは慌ててマザーの頸動脈に手を当てた。
まさかそんなはずはない、マナを送り込むことでマザー様の顔色はだいぶ良くなっていたし、寝言ではあったが、言葉を発するまで回復したのだ。
マザーの脈は感じられなかった。それどころか呼吸もしていない様子だ。
「そんな…」
オクールは膝から崩れ落ちた。
「ちょっと、いったいどういうことよ?マナで治るんじゃなかったの?」
「うるさい!!私だってわからない!!」
柄にもなく、怒鳴り声をあげた。
なぜだ、マナを与えることで彼女の容態が改善していたことはたしかだった。それなのにこんなに急に死ぬことがありえるのだろうか
どれほどの時間がたったのか、オクールは座り込み、ツギハギは壁にもたれかかってうつむいていた。
いくら考えても納得のいく答えはでない。マナはあくまでもマナで生命維持のためには全く異なる要素が絡んでいるということなのだろうか。そもそも、確信の無い治療法にかけたのが間違っていた。人間の医者を攫ってでも連れてくるべきだった。
「これからどうするのよ」
「どうするって、どうしようもないでしょう」
「そうじゃなくて…主がいなくなってしまったのなら、私たちのこれからを考えなきゃいけないでしょう?」
この女はもうそんなことを考えようとしていたのか。オクールは辟易した。オクールにとって人形が生きる目的は主のため、それが全てで主がいなくなった自分たちの「これから」なんてものを考えることは主への裏切りに感じられた。
しかし、確かにマザー様が死んだ今、マザー様のためにできることがなにかあるかもしれない、そうオクールが考えを改めたとき、ツギハギが話しはじめた。
「私はさ、街で暮らしたいわ、、最近何回か町にいって流行のおしゃれとかを見て、今の暮らしってなんかつまんなーいって思ってたの。だからこれからはおしゃれもいっぱいしてそれでうんと可愛くなるのよ」
ツギハギの嬉々として語る姿にオクールは唖然とした。
主の死という現実を受け止められず途方に暮れていたオクールと違って、彼女は哀惜の念などとうに忘れ、これからの生活に夢を馳せてまでいたのだ
オクールは横たわるマザーの顔を見つめもはや哀れに思えた。
マザー様、あなたは今際の際にも孤独を感じていき、そして寂しさを煩わすために自分が作った人形にさえ、すでに忘れ去られようとしているのですか
主人の生い立ちまでを見てきたオクールにとって、その同情心はやがて憤りに変わった。
「ツギハギ」
「ん?」
「ウインドランス」
オクールの出した風の刃がツギハギの両足を切り裂いた。
「ああ!!てめぇ気が狂ったか?」
バランスを崩して地に伏したツギハギは猛スピードで足を再生し、立ち上がった
オクールの腕はツギハギの首をつかむ、そしてマナを吸い出し始めた。
「気が狂ったのはそちらの方ですよねぇ…マザー様に仕えし人形が利己的に生きようなどと、恥を知りなさい。」
ツギハギは「あ‥あ…」と声が漏れるように出ている。
ツギハギをにらみつけるオクールの紅い瞳が鋭く光り、ツギハギの瞳に深く刻まれた。
オクールが手を離すとマナを失い立てなくなったツギハギが倒れる。
マザー様、この樹海をあなたのお墓としましょう、けして寂しい思いなどさせはしませんよ…




