第34話 フーシ
急に、真っ白な世界が見えた。
「あれ?」
フーシは起き上がり、腹を撫でる。傷が無い。
あたりを見回す。どこまでも何もない真っ白な世界が広がっていた。
「そっか、俺、死んだんだ…ここがあの世なのかな」
そうつぶやくとつっこみが飛んできた。
「ちがうよ」
「へ?」
振り向くとおこのがたたずんでいる。
「なんで?おこのちゃん?!、あっ、もしかしておこのちゃんも死んじゃったのか‥‥ごめん、俺のせいで」
「ちげぇって、ここはあの世じゃない、あたしがあんたに見せている幻覚さ」
「幻覚?」
「ああ、あたしは今あの人形の攻撃を必死に耐えてて、お前は今腹から血流してほとんど死んでる。」
白い世界に映像が映し出される。おこのが杖で敵の攻撃を受け止めていた。
「…‥‥‥そっか」
うつむいた。
「そっかじゃねーよ、お前やっぱり自殺しに来たのかい?せっかく人が死ぬまで死ぬなって言ってやったのに」
思わず顔をあげて、否定した。
「なんだよそれ!!俺だってあの攻撃を受けたくて受けたわけじゃない。」
「そうじゃない、お前にかけた幻術は本人の意思が体の動きに大きく反映される。お前が本気で生きたいと願ってればあのくらいの傷、ふさがっててもいいはずだよ」
「なんだよそれ……‥」
倒れたとき何を考えていたのか、思い出しそうになり、すぐさま首を振って考えるのをやめた。恐ろしい夢を思い出した時の子供のように。
「そんなの嘘だ、だって俺はどうしてもナコを助けたくてここに来たんだ。それまでは心の底から生きたいと思ってたはずだ」
おこのは深いため息をついてから続けた。
「どうしても認めたくないようだね、じゃあこれを見てみればいいさ」
フーシの今が映し出された。うつむきに倒れて腹から血を出している。横を向いているその顔は妙に安らかだ。
「まだ死んでも死にきれねえ、女のために戦わなければって人間はこんな顔はしないだろうね…」
フーシは唾をのんで、しっかりとそれを見た。
大きく映し出された自分の顔。その口元は笑っていた。
そして死を感じた時、血が広がりゆく中、自分が唱えた心の声を思い出した。
ああ死ぬんだ。やっと死ねる。もう許してくれるよね
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
たまらず慟哭した。
フーシは幼いころから人身売買の片棒を担がされ、罪の意識に圧迫されながら生きてきた。こんな自分の生まれてきた意味がわからなかった。父親の悪事を騎士団に告発し死ぬことで、罪の意識から解放されれようとした。しかし、そんな彼でも何か一つ生まれてきた意味があってほしかった。
ナコに出会い、当時絶対的だった父親に逆らってまで助けようとした幼少期を思い出した。運命だと思った。これまで罪を重ねていたのもナコをあの悪徳人身売買の場から救うためのめぐりあわせだと、自分はこれまでもこれからもこの人に尽くすために生きていたのだと信じ込んだ。それは生まれてからずっと罪に追われる生活で、自分の生きる意味を見つけられなかったフーシにとって希望だった。
ナコがさらわれ、彼女の命を救おうと思った。そのためになら死んでもいいと思っていた。
しかし、それは幻想だった。死を直観して感じていたのは、罪の意識から解放される喜び。結局彼を突き動かしていたのは、自分のせいで奴隷になった子供たちへの贖罪心であり、ナコのために生きることなど、これまでの人生が無意味であることを避けようとして信じ込んだ幻想にすぎなかった。
「どうして…そんなことを今、あのまま死なせてくれればよかった‥」
たとえ深層心理が贖罪に向かって体を動かしていようと、言語化されてそのことを認知しなければ、自分は大切な人を守るために戦って死んだと、それが今まで生きた意味で価値だと、信じこんで逝けた。それも罪の意識から解放される安堵感だけを都合よく感じて。
しかし、もう気づいてしまった。彼女を助けようとすることは、罪から逃れ死にゆくときに、別れを惜しんで手を放そうとしないここまで連れ添った命に送る手向けだったことを。
おこのは何も返さずフーシを見つめた
フーシは自分の情けなさに怒りを感じて、白い空間の床なのか地面なのかわからないところを叩く。
そこにたまっていた涙が飛び散った。
彼がナコを思う気持ち、その友情や恋心が嘘だったわけではない。無意識とはいえ、彼女をだしにして自分の気持ちをごまかしていた自分が許せなかった。
ずっと額を地面につけて泣いていたが、次第に涙が止まった。
「あんたが罪の意識から追われて、それでもすぐ死ななかったのも、あの少女に生きる意味を見出そうとしたのも、自分の命に誇りを持っていた証拠さ」
「情けない‥」
フーシはつぶやいた
「情けなくないよ。あんたはお母さんのことを思ってたんだろう」
フーシはこれまでとは違う声と嗚咽がでた。おこのがフーシの幻覚を解いたとき、最後にのぞいた一番深いところにある気持ち、それがフーシの母親に対するわずかな記憶だった。
フーシが母親の前でジャグリングもといピンをただ投げただけのことを披露すると、記憶の中の母は太陽のような笑顔でほめていた。
フーシが物心つくころには母親に会ったことは無く、父親に訊いても何も答えないことから、どうせ自分の母親もこの悪人一家の一人であったのだから、あの優しい母親の記憶も何かの間違いであったか、無責任なその場限りの愛情だったのだろうと考えていた。
しかしある日サーカスのメンバ─と父親が酒に酔って話しているのをフーシは陰で聞いた。
その内容はもともと母親の親のサーカス団を父親が婿養子として継いだ形であること。父親が仕切るようになってからサーカスは犯罪行為を始めたこと。父親は母親とフーシにひどい暴力を振っていたこと。フーシを捨てようとする父親を説得するために母親が幼いフーシに芸を仕込んだこと。
ある日特大の癇癪を起こした父親からフーシをかばって、母親が死んだこと。
それを聞いた翌日、フーシは騎士団に密告した。
嗚咽の中、フーシはおこのに話した。
「母さんが命を懸けて残してくれたこの命が、なんの意味もなく消えることが耐えられなかった。」
それはフーシが今まで誰にも話せなかったことだった。
額を地面につけてむせび泣く。そのすぐ近くまで歩いて近づいた。
「うん、それなら生きるといいさ」
おこのがフーシの頭を撫でる
フーシは母親よりもずっと幼い体から、母親よりもずっと年季の入った声で、母親と等身大の愛を感じた。
「あたしはあんたがそんなに悪いとも思わないけど、それでもあんたが罪の意識が苦しいのなら、死ぬ以外の方法で償いな」
「…‥っんん」
嗚咽なのか返事なのかわからない声をだした。
「よし」
おこのは膝を叩いて立ち上がった。
「これから意識を体に戻すよ。痛いだろうから覚悟しな」
おこのは優しく笑って語りかけた、その内容はこれからほぼ死体の体に意識をもどすという、屈託のない幼女の笑顔にはにつかわしくない内容だ。
フーシはまっすぐにおこのの瞳をみつめた。充血していたが、その目は確かに覚悟を決めていた。
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ツギ・ハギがナイフのような爪を水平に振り回す。おこのは小さい体で宙返りして避ける。
おこのの息がきれる。はたから見れば小さな子供だが、本体は老体だ。ここまで敵の攻撃をよけ続けもう体力の限界だった。
「殺す」
さきほどから機械のように同じ言葉を繰り返して呟いている人形が、また突っこんできた。
上から振り下ろされる攻撃を杖を横にしてこらえる。敵は杖の上からのしかかるように力を加えてきた。おこのは杖の真ん中を一点に見つめ、力を振り絞るが、もう腕が震えている。徐々に杖が顔に近づいていったとき、急に敵から押される力が消えた。
おこのが見上げると敵の頭は上から半分がなくなり、中にある魔石が砕けているのがのぞけた。
敵が倒れる。その後ろにフーシが立っていた。
おこのはすこし眉をあげて驚いたあと、微笑んでささやいた。
「よくやった」
フーシが差し出してきた手をつかみ、立ち上がった。
「おこのちゃ…いやおこのさん」
「おこのちゃんでいいよ」
「あ、じゃあ‥‥おこのさん、俺ここから生きて帰ったら─────」
「あれ??お兄ちゃんだれ―?」
おこのが急に姿形にふさわしい子供じみた口調になった。
「あれ?、もしかしておこのちゃんまたボケちゃった?」
「おこのボケてないもん!!ボケっていう方がボケなんだよ!!」
おこのは口を膨らまして腕をじたばたさせて抗議している。
「参ったな…‥」
フーシは頭をかいた
「いやでも今はこうしてる場合じゃない、他の戦況を確認しなきゃ」
そう言って周りを見渡し始めた。
全く、戦場で帰ったらの話をするのは危ないってことも知らないのかい、あたしが機転を利かせたからいいものの‥‥
おこのは幻術の応用でフーシが何を言い出すのかを察知して、ボケた振りをしたのだった。
まあ、それにしても自分の名前をね‥‥へぇ、いい考えじゃないかい、
おこのはフーシの背中を見て、満足げに微笑む。そしてしばらくすると、本当にボケて心も子供に戻った。




