第26話 覚悟はしていた
「ここが樹海ですのね」
アリスは緊張した面持ちでつぶやいた。
立ち入り禁止エリアの外側で拠点設営するライス達と別れて進むこと1時間、アドラ、リサ、マー、アリスの四人パーティは南の樹海に到着していた。樹海は厚い霧に覆われ、視界が悪い、そのうえ気温が低くひんやりとしているためどこか不気味だった。
「立ち入り禁止エリアになる前、俺たちがここに来たときはそんな大したモンスターはいなかった。現に今も前支部長がやられるようなモンスターはいない」
この日アドラはリサを担ぐスタイルではなく、代わりに彼の身の丈ほどもある大剣を背負っていた。
「やはり、あの人形たちがここのどこかに巣を作っていて、前支部長たちはそれにやられたってのが妥当だろう」
マーは常に腰の剣に手を添えながら歩いていた。
「そんなに前からあの人形たちが…なぜ今になって街に──」
神妙な顔をしていたリサの目が急に見開いた。
「何かが来ます、しかも相当な数です!!」
全員武器を構え戦闘態勢になった。敵はどこかと霧の中で目を凝らす。
すると木々の隙間に人影が複数見えた。
その人影は以前ナコを襲ってきた茶色い人形と同じものに見える。さらに前方180度に及んで敵は囲むように散らばっていた。
「敵の数は約20」
マグネティックフィールドで敵の位置を把握したリサが言った。
「20!!!そんなにいるのでして!?」
「南支部長や隊長たちが倒された敵だ、しかもそれも数年前の話、これくらいはいるだろう、アリス!!決して俺から離れるなよ」
「はい!!」
アリスはそのたぐいまれなる才能と努力で身に着けた実力でこの場にいるわけだが、彼女にとってこれだけの相手を4人小隊で相手することは初めての経験だった。
”どん”という大きな足踏みのような音が茂みの中から聞こえた。
周囲を警戒していたリサが叫ぶ
「構えて!!」
それと同時に一番前にいた人形5体が一斉に駆け出して向かってきた、相変わらずでたらめな格好だ。
アドラが飛び出す
するとアリスは目を疑った。
アドラが右手に持った大剣の一振りで、正面の敵3体の頭を吹き飛ばしたのだ。
あれだけの重さの刀をあの速度で振れるものなのですか?!
「リサ!マー坊!」
「はい、」
「わかっている」
二人は返事をして左右から向かってきた敵を一体を氷漬けに、一体の首を落とした。
アドラが首を落とした一体は胴体だけで起き上がってきた。
すかさずアドラが左右真っ二つに切り裂いた。
「こいつら中にある魔法石にくっついてる部分から離さないといくらでも起き上がってくる、気をつけろよ」
そういってアドラは敵のいる茂みに向かっていった。
「あ、グラン隊長、あの人一人で・・危ないんじゃ」
「あいつは大丈夫だ、それより来るぞ」
「アリスちゃん、奴らは魔法も使います。私が遠隔攻撃には対応しますので、あの茂みにいる10体ほどに向けて大規模な詠唱をお願いします。」
「は、はい!!」
アドラが茂みの中に消えるのとほぼ同時にまた”どん”という音が響いた。
すると敵がまた一斉に向かってきた。マーは基本的にリサとアリスの周りについて、彼女らに近づく敵を切り裂いて対応する。
今度はアリスも長い詠唱をこなし、一度に三体もの敵を氷漬けにした。
アドラは粗方敵を倒すと、他の敵とは異なる姿をした人形が走り去るのを見つけた。敵は手に長い棒を持っていて、背はかなり小さいようだった。
あいつが敵を指示していたやつか…
アドラがその敵を追いかけようとしたとき、リサに向かって今まさに魔法を放とうとしている人形が視界に入った。
瞬間アドラの体は恐怖に覆われ、喉は乾き、全身から汗が噴き出た。そしてその恐怖から逃れるように人形に襲い掛かった。
しかしアドラが敵に届くより先にマーが敵をズタボロにしていた。
「あ…‥」
アドラは平常心にもどり、振りかぶった大剣を静かに降ろす。
「これで全部ですかね‥」
リサが話始めた。
「ああ、だが、敵の指示をしていたやつが見えなかった。明らかに音で操っていたようだが‥‥アドラ、見なかったか」
「見た」
アドラはうつむく
「!!じゃあ倒したんですか?」
リサが訊いた
「すまない、逃がしてしまった‥‥」
アドラはいたずらをした子供のように決して目を合わせようとしなかった。その姿は先ほどまで敵を瞬殺していた彼からは想像もつかないほど幼い。
「あれだけの強さと速さでも逃がす敵ですか…厄介ですわね」
アリスは真剣に言った。
「いや‥‥そうじゃないな」
アドラのしぐさを見てマーは察した。リサもまた口にはしなかったがマーよりも先に気づいていた。
「なにが”そういう覚悟だ”だ‥‥」
マーは怒りに短剣を握る腕が震え。リサは追いつめられているアドラを直視できなかった。
そして三人の事情を知らないアリスはただ困惑している。
「アリス、こいつはな、この一刻を争う事態で、敵の支持者を見つけても、リサが傷つくことにおびえる過保護な臆病者なんだよ」
アリスはさらに困惑した。
「アドラ!今、貴様は仲間を助けるために、僕は国のために、一刻をあらそって進まなきゃいけないんだ、リサだって多少の危険は覚悟している。そんな中途半端な覚悟はリサにだって失礼だ!!」
「もう‥‥笑ってくれ‥‥覚悟はしていた‥つもりだった。だが、リサに攻撃が届くと思うと…あの時を…」
アドラの表情はどこか諦めていて、自らをあざけるようだ。言葉の続きは力なく消えていった。
マーにはその消えていった言葉の続きがわかった。
「ふざけるな!!もうあのころの僕ではない!もう二度とあんなことにはさせやしない!」
「あの時のはお前のせいじゃない…‥愛する嫁が…リーシャが死んでるのにも気づかないくらい、敵を殺すことしか考えられなかった。俺がおかしかったん──」
マーがアドラの胸倉をつかんだ
「──あれは僕のせいだと言っているだろう‼貴様のそういう考え方が‼どれだけ僕を…‥‥」
マーは歯ぎしりと声にならない声が洩れた。
マーは胸倉をつかんだ手を離すと同時に軽く突き飛ばす。
二人はうつむいて、黙ってしまった。
アリスには自分の知らない隊長がいるように感じられた。
沈黙の中、ぽつぽつと雨が降り始めた。
リサが口を開く。
「雨のなか動きまわると体力を消耗します、どのみちどこかで休息は必要ですから、交代で休みましょう、あちらのほうに洞穴を見つけました。敵からも見つかりにくいはずです。」
パーティーは洞穴へ向かう道中、一言もしゃべらなかった。




