オクール・タクタキシヴィリ
ぬいぐるみの一体がナコを追いかけて行ってから、もうかなり時間が経った。あのぬいぐるみの走る速さを考えれば、もうとっくにナコは追いつかれている頃だ。先ほど、大きな火柱が見えたのも、ナコが抵抗した魔法なのだろう。しかし、未だ人形は倒せていない。
「さて、そろそろ私の手下があの娘を捕まえて、指示した場所に連れて行っている頃でしょうかねぇ。まぁ連れていくといっても、彼らは馬鹿なので引きずって血だらけにしてしまうのですが……フフ」
「黙れ!」
リサは攻撃魔法を放つが、人形はそれを避けた。
リサもアドラも早く倒そうと焦っているが、それを見透かした人形はまともに勝負しようとしない。時間を稼げばいい相手に対して、こちらは相手を倒し切らなければいけない。さらに、武器も無く、行動不能のウマメンを守りながら戦うという悪条件が重なっていては、さすがのアドラとリサでも状況を打開できなかった。
「こうなったら……」
リサは、静かに覚悟を決め、攻撃詠唱を始めた。
人形は再びウマメンとリサに向かって同時に氷の礫を放った。アドラはウマメンに向けて放たれた攻撃を叩き落す。
しかし、リサは向かってくる攻撃を避けようとしない。
「リサ? まさか!」
アドラの予想は当たった。リサは自分の左腕を犠牲に氷の礫を受け止めたのだ。リサの華奢な腕に氷の礫が突き刺さり、鮮血が滴り落ちる。だが、リサの目は一切の迷いなく、攻撃目標を見据えていた。
「コンデントファイヤ!」
「なにぃ!」
リサが放った高温の炎は人形の左腕の付け根を溶かした。これまでほとんどの魔法をはじいてきた人形の左腕が地に落ちる。
「我々と違い人間は、痛みを感じて集中が乱れれば詠唱が途切れるはず……激痛を覚悟して集中を乱さないとは、あなた、大した精神力ですねぇ」
人形は破損した腕を掴んだ。
「私はあなた方、いえ、あなたを甘く見すぎていたようですねぇ……マドモアゼル。あなたに敬意を表します。私がマザー様よりもらいし名は、オクール・タクタキシヴィリ。あなたならば、マザー様と同じ目線で語らうことも……いえ、それはありえませんね」
「マザー? そいつがお前らのボスか?」
アドラが言った。しかし、オクールと名乗った人形はアドラの顔すら見ない。
「あなたに興味はありませんよ。おや?」
オクールが横を見たかと思えば、馬が走る音が聞こえた。同じ方向を見れば、帝国騎士団の騎馬隊がすぐ近くまで来ていた。
「邪魔が入ったようですねぇ、リサと言いましたか? この続きはまた今度ということで」
オクールははばたいて体を浮かせ、またたく間に飛んでどこかへ行ってしまった
*
「グラン隊長、南の草原で大規模な火災発生という通報が入りました」
「南? あの何もないところでか、騎馬兵を数人出して確認させろ」
マー・グランは帝国騎士団本部にいた。火災とはいえ、場所が広大な原っぱなだけにその火元は魔法であることが推察された。マナ量が多い魔道士が狙われている今、事件の可能性を考えればすぐにでも出動したかったが、非常時だからこそ、大部隊を動かすには慎重になっていた。
ナイフを取り出して布で手入れをしながら考え事をする
あの小さなぬいぐるみでは、犯行は無理か……。それに、参考人として逮捕したギルドの連中も何も知らないようだった。辛うじて聞き出したアドラたちとの合流場所に兵は向かわせたが、すでにアドラもぬいぐるみもいない。どうしたものか……
部屋に長身で細身の男が入ってきた。
「ウェドか、」
「いやーグラン隊長、あのたくさん捕まえた人たちどうするんですか?」
その男は目を細くして、いやみたらしい笑顔で近づいてきた。
「ああ、見当違いのようだったからな、そのうち開放するよ」
「えええ?そんなもったいない、無理やり言わせればいいじゃないですか?拷問でも何でもして、そうすればお手柄ですよ?キヒっ…なんなら自分がその役目やりましょうか?」
男にしては長いその髪が彼のいやらしい性格に
「ウェド、お前ももう隊長なんだ、軽口も慎め」
「なーんだ、冗談ですよお、気にしないでください、ま、内心焦ってるんじゃないんですか?、これで犯人が見つからなかったらグラン隊長といえどもただじゃおかないでしょう?」
線のような目を少しだけ開くと灰色の瞳が見えた。
「ちょっと!!先程から隊長に対していくら何でも失礼ですわ!!」
部屋の隅でジャグリングの練習をしながらこちらを覗いていたアリスが口を挟んだ。アリスは良い家柄の娘だけあり、目上の存在に対してはしっかりとした言葉を使う、しかし尊敬している直属の上司をこけにされて、口癖が出てしまった。
「あれ?アリスちゃんだっけ?成績優秀な娘は元気もいいんだね、でも自分も隊長なんだけど…君はいいのかな?」
「くっ…」
「アリス大丈夫だ…それとウェド、報酬目当てに動きたいのなら勝手にしてくれ、僕はそんなものに興味はない、僕が気にしているのは罪もないのに手荒な対応をしてしまった彼らへの贖罪をどうするかだ」
勢い良く扉が開いた
「グラン隊長!先程の大規模な火災の件ですが、事情を見に行かせた兵が帰って来ました。」
「すぐ通せ」
「急報!南の火災現場にて巨大な羽のついたひとがたの物体が戦闘中!」
マーとアリスに緊張が走った。
「すぐに手の空いてるものを準備させろ、馬も三十用意だ。ウェド、悪いが僕は出る」
「はーい、うまく行くといいですね」
部隊はすぐさま馬を走らせて現場へ向かった。現場が近づくと、アドラや羽の生えた人形。頭のないぬいぐるみが氷漬けになっているのを発見した。
「何だあれは!?」
ぬいぐるみ………か? 他にもこんなやつがいたとは、狙われているのはアドラ達か、これは…アドラ達は白か
マーが率いる騎馬隊がアドラの元へついたが、もう少しで到着する直前に人形は飛んでいってしまった。
「隊の半分はあの羽のついた人形を追え、救護班はそこの馬男とリサを治療だ」
アドラがマーに話しかける。
「もう一人、あっちに向かってギルドのメンバーが逃げてる。しかし、追手を許してかなり時間が経った。もうどこかへ連れて行かれてしまったかもしれない。」
「分かった。馬に乗れ、僕が行くから場所を教えろ。それで見つからなければ捜索隊を出す」
「私も行きます!」
出血を手で抑えているリサが言った。
「リサお前はまず治療を……」
「いいえ、行きます。ナコちゃんの安否もわからないっていうのに寝てなんていられません」
リサの意思は固いように見えた。大人しく万全の状態になるまで休むように言ったところで聞かないだろう。
「分かった、馬を用意させる。だが、最低限の応急処置をしてから追いかけてこい、倒れられた方が迷惑なことくらい、お前ならわかるな」
リサはしぶしぶ了承した。
マーはアドラに馬を一頭貸した。アドラの案内で、二人は全速力でナコを探しに走る。
「リサが負傷していたが、お前とリサがいて、それほど苦戦する相手なのか」
マーは馬を並走させながら、アドラに訊いた。
「ああ、やつら魔法も使うし、首を落としたって戦い続けやがる。おまけに、リサのマナを吸い取るわけのわからない術まで持っていた。」
「マナを吸い取るだと! ……それで魔道士を狙ってたのか」
二人が馬を走らせていると、ピンク色の髪をした少女が座っているのが見えた。
「あれだ! 良かった、連れて行かれていなかった。」
アドラは安堵した。
しかし、アドラたちがナコのそばまでつくと、ナコが泣きながら何かを叫んでいた。
「モーくん! モーくん! 起きてよ! ねぇ起きてってば!」
「ナコちゃん、何があった?」
アドラが訊いて、ようやくナコはこちらに気づいた。
「アドラさん! どうしよう! モーくんが、モーくんが目を覚まさないんです!」
「なんだって」
アドラは馬から降りて、ナコの膝にいる牛を見た。腰から下が破けていて、バラバラになった布や綿はナコが集めたのか、すぐそばにまとめられていた。
「おい! 牛っころ、追手を許してすまなかった。おい! 起きろ!」
アドラが牛をゆすってみてもピクリとも動かない。
「どうしてだ。あいつらは首が落ちようと動き続けていたっていうのに、牛っころは真っ二つになったら動かないのか?」
「ううん。アドラさん違うんです。モーくんは体半分になっても私を守ろうと敵に斬りかかってくれていたんです、でもマナをかなり消費して敵の首を落とした時、モーくん気を失っちゃって、そのまま目が覚めないんです」
ナコは泣きながら説明した。
「敵の首を落とした……?」
アドラは慌てて周りを見渡した。すると、ナコの後ろに首を切られたぬいぐるみの胴体が転がっているのを見つけた。
「ナコちゃんそいつから離れろ! そいつは首を斬ったって動きやがるんだ」
「え!」
ナコは牛を抱えたまま慌てて飛び退き、アドラが指さす人形を注視した。しかし、いくら見ていても動き出す気配は無い。
変に思ったアドラが胴体をつついてみるが、ピクリともしなかった。
「どうしてだ。リサが魔法で首を斬ったやつは、動いていたのに」
「それはきっと、この中を見てみれば分かると思いますよ」
声を聞いて、一同が振り返ると、そこにはリサがいた。片手にはぬいぐるみの頭を持っている。
「リサ! もういいのか、ほとんど時間が経っていないが」
「はい、自分でもヒールをかけながら休みましたから、無理をしなければもう大丈夫です。それより、これを見て下さい。」
リサはぬいぐるみの頭を掲げた。生首状態だというのに、目がギョロギョロと動き、ナコを睨みつけている。
「これはそこに落ちていたので、きっとモーくんさんが倒したというぬいぐるみの頭でしょう。そして……」
リサは首の角度を変え、断面図をみんなに見せた。すると、綿の中心に青い光を放つ魔石が見えた。
「それは、魔石か!」
「はい、どうやらこの魔石に込められている術式が彼らを動かしているみたいです。きっと、先ほど首を斬ったぬいぐるみは、胴体の方に魔石が埋め込まれていたのでしょう。」
「繋がっている部分が動き続ける魔術か、でもそれならどうして牛の体は動かない。あいつらと似た仕組みなら上半身か下半身のどちらかが動いていてもおかしくないだろう」
アドラの言葉を聞いて、ナコは牛の上半身の中を覗き込んだ。
「あった! ありましたよ、青い魔石が! モーくんの胸の中心あたりに」
リサは、ナコのそばにかけよって、牛の体内にある魔石を確認した。
「ナコちゃん、以前モーくんさんが、こんなふうになったことはありましたか?」
「意識が無くなることなんてありませんでした。私がボロボロにしちゃったときはありましたけど、その時もずっと意識はありましたし、眠ってても声をかければすぐ起きたのに……」
リサは顎に手を当て、思考を巡らす。ナコと牛が共にマナを大きく消費している状況、オクールと名乗った人形が使用していたマナを吸い取る技術。
ある考えに至ったリサは、牛の体の上で手をかざし、マナをこめた。
すると、牛の体の中から蒼い光が漏れ始める。体の中の魔石が光っているようだ。
「はっ! 私は何を!?」
突然目を覚ました牛が喋った。
「モーくん!!」
ナコが牛に抱きついた。大粒の涙がポロポロと溢れる。
「ええ? ナコ? いったいどうしたのですか? そんな、泣かないでください」
目覚めてばかりで混乱していた牛だが、しだいに自分が先程までナコを守ろうと戦っていた事を思い出した。
「ああ! そういえば敵はどこですか! あの危険な敵からナコを守らなければ!」
牛はキョロキョロと周りを確認した。
「ううん、モーくんもういいの。あの敵はモーくんが倒してから動かなくなったから。でも、モーくんに無理させてごめんね、私がちゃんとしてれば…」
牛は首が切れたぬいぐるみがそばで倒れているのを見つけた。それから、ナコの全身を頭の先からつま先まで見て、怪我をしていないことを確認し、ほっと息をついた。
「ナコ、良かった。どこにも怪我はありませんね」
牛は短い腕でナコを抱きしめた。
アドラが牛の目の前で膝をついた。
「俺が未熟なせいで、お前らに無理をさせた、すまなかった。だが、牛っころ、お前のおかげでナコちゃんは無事だ。ありがとう、心から感謝する。」
アドラが頭を下げると、だんだん牛の頭もはっきりしてきた。自分がナコを守ろうとしているうちに気を失ったことも思い出した。
「それと、敵のぬいぐるみ兵を捕獲することができた。これでもう、帝国騎士団はお前を疑ったりしないし、実験サンプルにされることもない」




