戦闘
アドラが隠れていた草陰は、全員で隠れるには少し小さかった。そのためウマメンと牛は、少し離れた別の草陰に隠れていた。
広い遮蔽物の少ない平原を作戦決行場所に選ぶことで、離れていても敵を先に見つけて駆けつけられる作戦となっていたのだが、牛はナコに危険が及ぶこの作戦では万全を期したかった。
「ウマメン殿、何が起こるかわからない以上、いざというときに私をナコのもとへ投げつける準備はしておいてください。」
「おいおいモっさん。俺はアドラさんほどじゃないが足の速さには自信があるんだぜ、いくらなんでも全速力で走って間に合わないなんてことはまず無いと思うぜ。まあ、モっさんが心配なら、準備はしておくけどよ」
本当にもっさんの言うとおりになったな。
牛を人形に投げつけ、自分もナコのもとに駆けつけながら、ウマメンはそんなことを考えていた。
「んん〜、あなた誰ですか、いりませんねぇ……あら、もしかして同胞ですか? それにしては見ない顔ですねぇ……」
人形は牛を見つめて話していたが、まだ状況がつかめていない牛にとってそんな言葉を聞いている余裕はなかった。牛が必死になってあたりを確認すると、敵は三体いた。
一体は喋っている人形、翼が生え、手足は木のような素材でできているように見えた。なぜ、それが瞬時に人形と判断できたのかといえば、首が一目瞭然だったからだ。バネのような赤い首は空洞で、その隙間から向こう側の野原が見えている。
「アイスランス!」
横から飛んできた氷の礫を人形は一歩下がって躱す。アドラに背負われて駆けつけたリサが放った魔法だ。
「牛っころ、ナコちゃん、すまねぇ、遅れた」
リサを担いだアドラがナコの隣まで駆けつけた。それからほぼ同時にウマメンもそばまで来た。
「あらあら、呼んでもいないのに賑やかですねぇ、ご機嫌麗しゅう」
人形はまるで帽子でも取って挨拶するかのように、片手で頭を掴み、それを振り下ろしてお辞儀した。黒い目玉に浮かぶ赤い瞳はお腹のあたりに持ってきてもしっかりとこっちを見つめている。
「動くぬいぐるみや人形が、本当にモっさん以外にもいたなんて、それにもっさんよりもかなりでかいし……」
ウマメンは人形や二体のぬいぐるみをまじまじと見つめた。
人形もぬいぐるみもアドラと同じくらいの背丈だ。
ぬいぐるみは茶色い毛糸が編み込まれて、ひとがたに形どられている。その造形は、人形の方より安っぽく、やはりこちらも黒い目玉に赤い瞳が浮かんでいた。
アドラは、想定していた状況とかなり違った展開になっていることに危機感を募らせた。敵が飛んできたこともそうだが、想定ではこちらが複数で取り囲んでいることに気づいた時点で、敵は逃げる素振りを見せると考えていた。しかし、今もまだ敵は悠々と構えている。こちらの実力を下に見積もっているだけならいいが、先ほどリサの攻撃を躱した動きといい、実力者である可能性が否めない。
しかし、最初にやらなければいけないことは変わらない。アドラはリサに目で合図をした。
「アイスランス!」
リサが再び氷の礫を人形に向けて飛ばした。
「今だ牛っころ! ナコちゃん連れて逃げろ!」
「さあ、行きましょうナコ」
牛がナコのローブの裾を掴んで引っ張ると、ナコはよろよろと歩きはじめた。
「それを許すわけないのですがねぇ、追いなさい」
先程のリサが放った氷は直撃したはずだが、まるで効いていない様子の人形がぬいぐるみに指示を出した。二体のぬいぐるみが動き始める。
「モっさんの娘に手出しさせるかよ」
ウマメンのタックルがぬいぐるみの一体をふっ飛ばす。
「アイスランス!」
リサが先程より大きな氷の礫を目の前の二体に向かってばら撒いた。人形は手で払いのけてガードし、ぬいぐるみは腕に刺さった。
人形がナコを追いかけようとしたところに、アドラがリサを抱えたまま中段蹴りを放った。人形は腕でガードする。
「本当に邪魔な方々ですねぇ」
人形は不機嫌そうに言った。アドラは自分の攻撃がガードされたことに、冷や汗をかいた。
ウマメンは倒れたぬいぐるみに馬乗りになりタコ殴りにする。するとぬいぐるみの片手がだんだんと黄色く光り始めた。光る手をウマメンに向ける。
「ウマメン危ない!」
リサの声を聞いてウマメンは飛び退いた。その直後、敵の手からいかづちが空に向かって飛び出した。
「魔法を出すのか?! そんなとこまでモっさんと同じなのかよ」
「同じならまだ良かったけどな、威力は牛っころよりもかなり高いぞ、気をつけろ」
仰向けで寝ていた敵はゆっくりと立ち上がってからウマメンを見つめた。黒い眼玉に、紅い瞳が不気味に浮かぶ。
「ウマメン、そいつが牛に近いってことは、牛っころみたく打撃が効かない可能性が高い」
人形の動きをけん制しながら、アドラがウマメンに言った。
「しかしアドラさん! 俺は魔法なんて使えないし、刃物だって持っていないぜ」
「知ってる、だからそいつを倒そうとしなくていい。攻撃は俺とリサに任せろ! とにかく足止めしてくれ」
「了解!」
「ふーむぅ。私を相手取って他にも気を回そうと? ふふ、なんとも傲慢なことですねぇ」
人形は余裕に満ちた様子で言った。
「おいお前! あちこちで人を誘拐してるらしいが、なんのつもりだ!」
「質問に答える気はありませんねぇ」
人形が羽をマントのようになびかせると白いモヤのようなものにあたりは包まれ、人形の巨体が隠れた。
「ウィンド!」
リサは風を起こしてモヤを払った。しかし、そこに人形の姿は無い。
「ふぅむ。一応魔導士のようですし、見ておきましょうか」
「!?」
リサが背後の気配に気づいた時、宙に浮いた人形はアドラの肩に座るリサの首筋に、巻き付くように後ろから手を伸ばし、頸動脈のあたりに手のひらを当てていた。
アドラがリサを連れて間合いを取る。
「リサ!大丈夫か?」
アドラは敵の手がリサの喉元に届いていたことがひどく恐ろしく、生きた心地がしなかった。アドラにはリサに外傷は無いように見えたが、リサは自分の異変に気付いた。
「私のマナが減った……!?」
「なに!? どういうことだ?」
「今、奴に触れられてから私のマナが一気に半分くらい失くなりました。」
「!?、おいてめぇ!リサに何しやがった!!」
アドラは人形に問い詰めたが、人形は無視して独り言を言っている
「ふーむぅ、やはりマナの量は大したことありませんねぇ。暴れられても面倒ですし、いりません」
人形の言葉からして、やはりマナの多い人間を狙っているのかとアドラは予想をつけた。それから、リサは敵から漂うマナを感知して驚愕する。
「!?奴の体から……私のマナの気配が……」
「マナを吸い取ったってのか!?」
「信じられないですが……」
アドラの背中に冷や汗が滲む。
「全く……勝手に人のマナを覗くなんて下品な方々ですねぇ。」
その瞬間、ウマメンが相手していたぬいぐるみが、またもいかづちを出した。
「ぐぁ!」
ウマメンが避けきれなかった。腹に焼け焦げたような跡ができている。
「ウマメン! 今手助けします! アイス!」
「おやぁ」
リサは目の前の人形とぬいぐるみの足を氷漬けにした。すぐに溶かされてしまうだろうが、足止めだ。それからさらに詠唱を続け、ウマメンの手助けを狙う。
「ウインドランス!」
ウマメンの目の前のぬいぐるみの首を目がけ、風属性の魔法を放った。ぬいぐるみの首はバッサリと音を立てて切れた。
刈り取った頭を見ると、紅い瞳の光は消えていた。
「リサさん、サンキュー! 俺も……そっちを手伝うぜ」
ウマメンが焼け焦げた腹を抑えながら、リサの元へ駆け足で向かう。リサがこれで少しは余裕ができると安心したとき、人形が笑った。
「ふふふ、おめでたい方々ですね」
リサはその笑みを不気味に思った。それからウマメンの背後を見て目を疑った。
「ウマメン!! 後ろです!!」
「え!」
ウマメンが振り向こうとした時、背後からいかづちに貫かれた。
「ウマメン!」
リサとアドラが呼んでいる声が、ウマメンの薄れゆく意識を辛うじて繋ぎ止めた。
「なん……で……倒した……は……ず」
掠れる視界で、ウマメンはいかづちの発射元を見た。そこには、胴体だけとなったぬいぐるみが、さらなる追撃をしようと腕を光らせていた。




