十四
さて、聖典を燃やすのは良いとして、それよりも俺にとって何のメリットがあるのだ?
別世界からいきなり拉致されて、それで無理矢理命令されるってのは社会人としてダメだ。きちんと対価は求めなきゃいけない。
では俺の欲しいものは……?
元の世界へ戻って今まで通り過ごす。
でも多分無理だろうなぁ、死んで一ヶ月経つしもう骨壺の中へ入っていそうだよな。一応言ってはみるけど、ダメなら二番目として何がいいかな。
……やっぱりこの身体だろう。男にして欲しいし、それに元の持ち主がいるのなら返したいし。
ま、とにかく交渉だ。
「えっとさ、聖典を燃やしたら俺を元の世界に戻してくれるのか?」
「戻すのは良いのですけど、既に貴方の身体はありませんので、魂だけの状態となりますよ」
「……だよな。そういや、記憶を持ったまま元の世界で新しく生を受けるって事は出来るのか?」
「送り届ける事は可能ですが、記憶云々や次の生については貴方の世界の神の管轄になりますから、私ではどうにも出来ません」
うーん、つまり普通に輪廻転生の輪に入るだけって事だよな。
それならせっかく記憶があるんだから、もう暫くこっちの世界を謳歌したいかも。
「この身体って一体誰のなんだ?」
「身体の持ち主は分かりません。教団の方々が用意した器ですから。ただ、その身体の魂は貴方の側を彷徨っていたと思いますよ」
「ふぁっ!?」
それってずっと俺の周りに幽霊が居たってこと!? こわっ!
じゃなくって。
「それならさ、その人にこの身体って返せないの?」
「既に貴方の魂はその身体に定着しているんですよ。貴方がこの世界へ来てから一ヶ月、私から直接こうして伺えなかったのは、貴方の魂が不安定だったからです。その状態で神格を持つ私が直接干渉してしまうと、下手をすれば魂がびっくりして身体から離れてしまう可能性があったのです」
「び、びっくり……」
「ええ、口からぽんっと飛び出るかも知れなかったんですよ。そうなってしまえば、貴方はこの世界の輪廻の輪に入ってしまいます」
そんなギャグ漫画みたいな事あってたまるかよ。
しかしこの子が干渉してきたって事は、裏を返せば既に魂が定着しているって事だ。ということは、もう返せないという事になる。
……どうしたらいいのだろうか。
「その彷徨ってる魂って別の身体を渡せられるのか?」
「可能ですよ。その魂が天に召されるまでに間に合えば」
「それっていつ頃まで?」
「そうですね。一度魂が離れれば半月程度というところでしょうか」
もう手遅れじゃねぇかよ。
はぁ……間に合わなかったのか。なんかものすごく罪悪感を感じる。この身体の子を死なせて俺はここへ入ったんだよな。
っつか、元を正せばこいつ、いや教団の連中がこの子を攫ったんだよな。そして聖典を使って……。
俺の考えを読んだのか、若干自嘲気味にカサライデが笑った。
「私も他人を犠牲にした器なんてものに、使徒を送るような事はしたくありませんよ。元々器は人形だったのです。ですが、人形ですと言葉を発することができませんから、使徒の威厳を保つためなのか教団の方々は人の器を用意するようになったのです。私も聖典を使われては拒むことはできませんから。神に成り立てとはいえ、私も聖典などというものを作ってしまうなんて迂闊なことをしたものです」
うん、やっぱり聖典はダメだ、燃やしてしまおう。
そう密かに決意しているとカサライデは少し首を傾げた。
「それはそうとして……どうもおかしいんですよね。魂が輪廻に還ると元の肉体に何らか影響があるのですけど、今の啓介さんにはそれがあまり現れていないのですよ」
「どんな影響が?」
「啓介さんの魂は私が強制的にこちらへ呼び寄せました。その時私の力を使って引き寄せましたので、私の力が少々啓介さんにくっついたのです。そのため、啓介さんの能力や性格が私に近くなるのですけど……突然殴ってきたりしましたし」
「あ、それは天罰だから仕方ない」
でもなるほど、やけに俺が他人を心配するようになったのはこいつの性格の影響だったのか。
ま、悪い事ではないんだけど、今回のように寝られないほど辛いのは……なぁ。
「それはともかく、魂が定着したにも関わらず啓介さんの魂と肉体が少々ぎこちないのですよ」
「……ぎこちない?」
「啓介さんは私の使徒です、しかもごく一部とは言え私の力を宿しています。つまり私の力を自在に引き出せるのですよ? 少なくとも下級の魔物の不意打ちを受けて死にそうになることなど本来はあり得ないのです。おそらく元の魂が近くにいて肉体がそれを取り戻そうとし、その結果私の力を阻害しているのではないでしょうか。おそらく元の魂は別の生き物かそれに近いものに憑依して一時的に輪廻へと戻らないようにしているのでしょう。しかし一時的なものです、そう長くは持ちません」
「それはすぐ別の身体を用意しなきゃな」
「そうですね、では貴方が無事聖典を燃やして頂ければ、貴方用の身体を作りましょう。幸いそのうちこっそり下界へ遊びにいくつもりで作った器が……あ、いえ、なんでもありません」
「おい……神は下界への直接的な関与は余程の事が無い限り禁じられているんじゃなかったのかよ」
俺のツッコミにカサライデは明後日の方向を向いている。
更にはぶつぶつと「こんな所に三百年も篭もってるなんてうら若き女神のやることじゃないし遊びたいし」なんて呟いている。
こいつ、本当に女神かよ?
ま、とにもかくにも新しい身体はあるのだ。元の身体の持ち主がそれで許してくれるのかは分からないけど、そこから先はこいつや教団の連中に任せよう。俺も被害者なのだ。
また、俺自身への報酬は無いけど、でも本当なら死んでしまったところに新しい生が受けられたのだ。それで十分ではないだろうか。
カサライデがひとしきり呟き終わった後、ふと思い出したかのように俺へと視線を合わせた。
そして微妙に自慢そうに胸を反らす。
「それはそれとして、聖典は普通の火では燃やす事ができません。何しろ神器ですからね」
「いや、威張って言う事じゃないし。ってか、それだとどうやって燃やせばいいんだ?」
「そこでこれです!」
カサライデは懐から何かを取り出すと、俺に手渡してきた。
長四角の物体で上部が金属で出来ていて、その下が透明なプラスチックのようなものだった。そして中に液体が入っている。
また金属部分は手で強く回転させると火花を飛び散らせて……。
「あの……これ、百円ライ……」
「それは神器です!」
「あ、はい」
どこからどうみてもアレなのだが、カサライデは神器と力説してきた。
ぐいっと両手を握り拳にして、胸の前に当てている。
「いいですか、中の液体は私が丹精込めて作り出した女神の源が入っていて、火花を散らすことによって着火するのです。その聖なる炎なら聖典も燃えるはずです」
「何でもかんでも神や聖って文字付ければいいってもんじゃない!」
「では頼みましたよ啓介さん」
「無視すんなよ……あ、そっちも新しい身体の用意を忘れないでくれよ」
そう言った途端ガラスがまるで砕けたように白い世界が崩壊していく。
それと共に意識が薄れていき……次に目を覚ましたとき、いつものベッドの上だった。
俺の腹の上にはメシアが未だ乗っかっていて丸くなって寝ている。
何ら変哲のないいつもの風景。
夢だった……って訳じゃないよな、だって。
俺が手を開くと、そこにはきらりと光る百円ラ……ではなく神器が握られていた。




