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十三


「ここだ」


 パフィルネールさんが立ち止まる。

 周囲を見ると暗くて分かりにくいけど、やけに木々に遮られている場所だった。何となく木が壁代わりになって集落を囲っているようだ。

 小説ではエルフとかの住む森の周囲には結界が張ってあって、認められた人でないと出入りできない、なんてのがよくある設定だけど、この世界はどうやら違う模様だ。

 ま、そんな結界があればオークに攻められる事はないか。


 ただ、木の壁は所々切られたり、大穴が開いていたりと戦闘の痕が残っている。

 そして、嗅ぎ慣れてきた血の匂い。

 うー、また大量のオークの死骸を見る事になるのか。既に胃の中は空っぽだからさっきよりは楽だろうけど、出来れば吐きたくはない。


 パフィルネールさんはさっさと木の間をくぐり抜けて中へと入っていく。

 その後をついていこうとしたけど、足が勝手に止まった。


「ご心配なさらずとも、集落の中の戦闘は極力避けましたから、先ほどよりは酷くないですよ」

「あ、はい」


 ラッティーネさんからあまり慰めになってない言葉を頂く。

 でもここで躊躇ってたら何の為にここまで来たのか分からない。

 意を決して無理矢理足を動かし、木々をくぐり抜けて集落の中へと入った。


 中は意外と星の光が届いているからか明るかった。

 集落の中央が空き地になっていて、木造の家が十軒ほどそれら囲むように建てられている。

 どうやらあの空き地がいわゆる広場兼集会場みたいになっているようだ。


 そしてその集会場にはオークの死体が山のように盛られていた。


 オークは一体何体いたのだろうか、外にあった死体を含めると百や二百では済まないと思う。

 そんな数のオークをたった一人で殲滅させたラッティーネさん。メラリィさんが俺の護衛にと抜擢したし、アリエスさん達からも太鼓判を押されるほどだし強いのは分かるけど、それでも強すぎないか?


 ま、それは置いといて集落の中はあちこち散乱している訳で無く、一カ所に纏められているからか、そこまで吐き気はしなかった。

 現実味が既に無いのかも知れないけど。

 それより捕らえられているダークエルフはどこにいるのだろうか、パフィルネールさんの姿は見えない。


「こちらですわ」


 きょろきょろと探しているとラッティーネさんが俺の手を引っ張って先導してくれた。どんどん広場の方へと歩いて行く。

 うー、死体の山がある場所の近くには行きたくない、けど我慢がまん……。

 そして広場を突っ切った先にある、ちょうど入り口から正面にあった家へと入っていく。そこは他の家に比べてちょっと大きく立派だったから、おそらく村長とか酋長とかそんな立場の人の家なのだろう。

 ラッティーネさんはずかずかと奥に入っていく。お、お邪魔しまーす、と小声で断ってから俺もついていった。



 そこから先は思い出したくない。とにかく酷い有様だった。

 幸い神様に祈ったら今回も助けてくれ、被害にあったダークエルフたちの身体は回復できたが、心の傷までは治せなかった。

 そして十二人のうち九人が自殺を選んだ。

 パフィルネールさんはそれでも俺のおかげで助かった人がいる、と言ってくれたが、正直なところかなり落ち込んでしまった。


♪ ♪ ♪


「……はぁ」


 あれから数日が経過したけど、未だ心のもやもやが晴れなかった。目を塞ぐとあの時の光景が浮かんでくるのだ。ろくに寝られやしない。

 いっそ彼女達の記憶を奪うような事が出来たら良かったのに、なんて怖い考えまで浮かんでしまう。

 ごろごろとベッドで寝返りを打っているとメシアが俺の上に乗ってきた。


≪いつまで落ち込んでいるのよ。いい加減復帰しなさいケイ≫

「でも……はぁ」

≪最初に出会った時の、私を食べようとした横暴なケイはどこ行ったのよ≫

「それとこれは別です」

≪別にケイの責任じゃないんだし、後悔したって仕方ないわよ? それに最近きちんと寝てないわよね? ちゃんと寝なさいよ≫


 メシアはふさふさな尻尾で俺の頬を叩いてきた。

 そんな事くらい頭では分かっている。だけど感情が追いつかない。でもここ最近体力が追いついていないのも事実だ。ちゃんち寝ないと……。

 目を塞いで寝ようと努力をする。


 そして……次の瞬間、自分が真っ白な空間にいた。


「え?」


 何もない真っ白なとてつもない広い空間。地平線が見えるほどだ。

 地面すらも真っ白で妙に柔らかく、ふわふわの絨毯の上にいるようだ。

 夢……じゃないよなぁ。目を塞いで一瞬で寝るなんて芸当、猫型ロボットの相棒くらいしかできないだろ。

 ということは、ここは幻想? それとも……。


「初めまして、美羅橋みらはし啓介けいすけさん」


 突然目の前に少女が現れた。十五歳くらいの、赤紫色の目を持つ真っ白な髪の女の子だ。

 そして直感で分かった。

 この子が女神カサライデ、つまり俺をこの世界に呼んだ張本人だと言うことを。

 じゃあやることは一つしかない。


 取りあえずその子の頭をぐーで殴った。


「いたっ!? な……いきなり何を!?」

「やかましいお前だろ俺を勝手にこっちの世界へ呼んだ奴は! 取りあえずそれは天罰だ!」

「仮にも女神の私に天罰ですか!?」

「いくら女神でもやって良いことと悪い事の区別くらいできるだろ!? 呼ぶにしてもまずは事情説明から入るべきだろ!? 朝出社したらいきなり『君、明日から二年ほど○×支社へ行ってくれ』っていう上司より酷いぞ!!」

「お、おっしゃるとおりです。それよりそんな経験があるのですか」


 引っ越しの手続きすら満足に出来ず一週間分の着替えだけ持って現地へ飛んだあのときの苦労。週末を利用して何回か小分けして荷物を運んださ。

 聞くも涙語るも涙だったよ。

 何が、若手だから身軽だろ、だよ、ちくしょうめ。しかも移動先では死ぬほど大変なプロジェクトに入らされるし。


 って、そんな話はどうでもいい。


「で、何の為に俺を呼んだんだ? 事と次第によっては起訴も許さない」

「どこへ訴えるのか分かりませんが……啓介さんに一つ頼みたいことがあるのです。そのために貴方をここへ呼びました」

「頼みって?」

「聖都アルファーゼの教団内部にある聖典を燃やして下さい」


 聖典? 女神カサライデを信仰している教団にあるような本だから、きっとこいつの事が書かれている聖書のようなものなのだろう。

 よくは知らないけど、信者の数ってやっぱり神様の力の源になるような気がするんだけど、そんな信仰の元になりそうなものを燃やして本人はいいのだろうか。

 そんな疑問を読んだのか、カサライデは言葉を続けた。


「元々私は真祖吸血鬼から国を護る為に生まれた神です。幸い吸血鬼は撃退できはしましたが、あまりにも国が疲弊していたので復興を協力するため一時的に私が力を貸していたのですよ。しかし、あれからもう三百年も経っていますしそろそろ彼らを私の元から卒業させたいのです。しかし協力するとき、契約の証という形で聖典を渡したのですが、それがある限り未来永劫私は聖国へ力を貸さなければなりません。破棄するには聖典を破棄する必要があるのです。……それに他の神からも一つの国を優先的に保護するのはいかがなものか、と文句を言われているのですよ」

「自分で行けばいいじゃん」

「面倒なのですが、神は下界への直接的な関与は余程の事が無い限り禁じられているのです」


 復興の面倒を見る為に契約したけど、三百年も経ったしいい加減独り立ちさせるために契約を破棄したいのか。

 そのために契約書である聖典を燃やしたいと。

 でも自分が直接いけないから代わりに俺に行ってくれと。


「なんで別世界の俺なの? この世界の人に頼めばいいじゃん」

「聖典の契約には、当該世界の魂を元とした使徒を下界へ送ること。その使徒は教団のものたちの頼みを優先的に聞く事、と書かれています」

「……別世界の魂を元にした使徒なら頼みを聞く必要はない、って事か。でもそれだと別に俺じゃなくても他の誰でも良いじゃん」

「あー、まぁ……私との波長が合ったというか、たまたま物色してた際、目にしたのが啓介さんの魂というか、神のお導きです」

「つまり偶然だったと。 しかしそれって俺は元の世界じゃ死んだんだよな。死んだ記憶が残っていないんだけど?」

「お風呂場で滑って頭を強く打ってお亡くなりになりました。突然の事でどうしていいか分からず彷徨っていたようですので、私が拉致……ではなく導いて差し上げました」


 こいつ今、拉致って言ったな。

 しかもこいつは三百歳、俺は二十五歳だ。

 つまり自分の年齢の十分の一も生きていないようなものを拉致した事になる。二十五歳の俺が一〜二歳の幼時を拉致したようなものじゃないか。

 やはり起訴も許さない。



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