十二
「……っ!」
血だらけのラッティーネさんが見えて、思わず声をあげそうになった。
メイド服にはあちこち鮮血がこびりつき、特に胸元には元の生地が分からないほどの血がついていた。また、腕からも血が滴り落ちており、ぽたっと地面へと吸い込まれていた。
回復を!
≪落ち着いてケイ、あれ怪我じゃないわよ≫
駆け出そうとしたとき、頭に乗せたままのメシアが俺に待ったをかけた。
全く話さなかったから寝てるのかと思ってた。でもこいつと会話してるとパフィルネールさんに痛い子扱いされるから黙ってたのか。
≪よく見てよケイ、あれだけ出血していたら普通は動けないわよ。でも彼女、きちんと歩いているじゃない≫
言われてみればそうだった。
あれだけ出血していればまともに動けないはずなのに、足取りはしっかり……いや少し酔っ払ったような足取りだけど……あんな風に歩ける訳がない。
二リットルも血が流れれば出血多量、それ以下だとしても意識が朦朧として動けなくなるんだよな。
じゃあ怪我しているのではなく、もしかして……?
戸惑っている俺に全く気にせず、彼女はこちらにゆっくり近寄りながら手に流れた血を舌で舐め取った。その仕草に背筋がぞっとする。
まるであの時、メラリィさんから感じたような種類の怖さだ。
「それは返り血か?」
「……ええ、とても楽しかったですわ」
パフィルネールさんが武器を下ろしつつも緊張した声で問いかけると、どこか恍惚として艶めかしい表情のまま答えるラッティーネさん。
怖いよ!? ヤンデレって奴ですか!?
でもとにかく怪我はなさそうで良かった。
ふぅ、とラッティーネさんは一呼吸し、顔をうつむけ、そして腕を振った。すると手や腕についていた血が綺麗に飛び散る。
お洗濯しなければなりませんわね、なんて呟いて顔をあげると、妖艶としてた表情でなくいつものラッティーネさんに戻ってた。
「この辺りにいるオークたちや他の魔物は全て狩り尽くしましたわ。もちろん貴女の村があった場所も含めてです」
「は? 森に入ってからまだ一時間も経っていないではないか!?」
事も無げに驚くような内容をあっさり言い放つ。
この辺りにいる魔物を……全部?
どれくらい魔物の数がいるのかは分からないけど、それってなんか凄くない? っていうか生態系大丈夫?
俺と同じ感想を持ったのか、パフィルネールさんも驚いた声を上げる。
「あら、嘘だと思うならご自分の目でご確認してはいかが? それより早くいかないと捕らわれているダークエルフたちが困りますわよ?」
そうだ。ラッティーネさんの言葉が正しければ既に脅威は去っている。
ならあとは俺の出番だ。
「パフィルネールさん、行きましょう」
「あ、ああ……」
戸惑いながらもパフィルネールさんは森の中へと入っていく。その後を俺とラッティーネさんも着いていった。
♪ ♪ ♪
森に入って三十分ほどが経過したけど、魔物どころか鼠一匹出てこなかった。
しかし夜の森は暗くてよく見えない。星の光があるから周りに何も無い街道ならまだうっすら見えてたけど、木の陰に隠れて光が差し込まないからか、本当に真っ暗だ。
先導してくれるパフィルネールさんがいるから安心できる。
≪そういえばこの近くよね、ケイがぶすっと刺されたのは≫
嫌なこと言うなよ、思い出すじゃないか。
痛みであまり覚えてないけど、肩ぶっすりと刺されて血だらけになったんだよな。
どれだけ出血したのだろうか、きっとこんな風にぬるっとするくらい木が血まみれに……。
「ひゃぅっ!?」
い、今ほんとにぬるっと……ぬるっと……。
自分の手をみるとべっとりと生暖か……くはないけど、ぬるっとした……ひぃぃぃ!
「はいケイさん、これでお拭きなさいな。この辺は少々派手にやってしまいましたから、お気を付けくださいませ」
「あ、はい……あ、ありがとう……ございます」
綺麗なハンカチっぽいのを貸してくれたラッティーネさん。それで手を拭う。
うわぁ、ぬるっとするよ……。
しっかし派手にやったって……どんなやり方したんだろう。っつか、これだけの血の量が出るくらい魔物を倒したんだよな。しかもこんな暗闇の中で。
ダークエルフのパフィルネールさんなら暗視があるから分かるけど、人のラッティーネさんがどうやって?
まさかラッティーネさんは武術の達人で心眼をマスターしているとか。スーパーラッティーネに変身して戦闘力がパワーアップするけど、その代わり非情な心になるとか。
……なんの中二だよそれ。
「でも……本当に何もいないですね」
先導するパフィルネールさんは警戒しているものの、特に武器を持っては居ない。
本当に魔物がいないな。
「……血の臭いは濃いが、生き物の気配はしない。……っとそろそろ着くぞ」
「はい」
森に入ってから意外と近かった。多分地元民のパフィルネールさんがいるから一直線で来れたのだろう。
しっかし足下がぬるっとする。滑ったら大変な目にあいそうだ。この辺りは派手にやったとラッティーネさんが言ってたけど、やっぱり村が一番オークの数は多かったのかな。
でもこれだけ血が流れているのに、俺全く分からないんだけど?
あ、でも意識するとちょっと分かるかも。そうだよな、普段そんなこと気にしてないからな、無意識的にシャットダウンしているのだろう。
パフィルネールさんが魔物の気配を探るやりかたも、周りの気配を読むように意識を向けるのかな。
うーん、視界を飛ばすような感覚で、こう、望遠鏡を覗くように伸びて……。
うわっ!?
突然視界が三百六十度に広がった。しかも暗いはずなのに、暗視スコープを覗いているような感じでカラーではないけど、しっかり分かる。
ただし広がりすぎて気持ち悪い。頭がくらくらする。
これは、慣れないと無理だ。
そして視界がはっきりしたことによって気がつく。
自分の居る周囲は血だらけ、どころじゃなく血の海だった。しかもあちこちにオークと思しき死体が転がっている。
いったい何十匹いたのだろうか、それが的確に首を切られ、あるいは心臓部分を貫かれていて、未だ血が流れている死体もあった。これって全てラッティーネさんが?
またパフィルネールさんはこれに気がついていたようだが、俺を気にしてか、死体に気がつかないようなルートを歩いていたようだ。
そりゃこれだけ大量の死体を素人が見たらどうなるか。
俺のように吐きそうになる。
「……うぷっ」
「気がつきましたの?」
突然しゃがみ込んだ俺の側へと寄ってくるラッティーネさん。
新しいハンカチを手渡してくれたので、口をそれで押さえた。幸い朝食を取ってから殆ど食べてなかったので、胃液くらいしか出てこなかった。
「ふむ、慣れてるアタシでもこれだけの数だとさすがに少しくるから仕方はないが……」
「あら、パフォイルネールさんは苦手ですの?」
「見るのはいいが臭いがな」
なんせ頭上で世間話してる二人をよそに、俺は吐き続けた。
なんだよこの世界、厳しすぎるぞ。




