十一
やっぱり短いですが、ちょうど区切りが良かったので・・・
時刻は既に夕方、そろそろ暗くなる時間帯にようやく現地へたどり着いた。現地と言っても森の手前だ。
ちなみに俺は地面に寝転がって胃を押さえている。ラッティーネさんに荷物のように扱われてたので少し気持ち悪いんだよ。
そんな俺の側にはパフィルネールさんが、肩で大きく息をしていた。相当疲れたようだ。まあ昼前からずっと走り続けてたからなぁ。むしろよく着いてこられたと感心する。
ただ、それをいうならラッティーネさんだ。俺を担いで走り続けてるのに、息一つ乱れていない。ま、彼女は走る、というより地面を蹴って飛んでいる、というほうが合ってた。
「これだけ走るとさすがに汗が出る。オークどもは鼻が良いからそろそろ気づかれるぞ?」
パフィルネールさんが忠告をしてくれたけど、ラッティーネさんは全く意に介さなかった。俺は担がれてたし、ラッティーネさんは平素と変わらないから、実際汗かいてるのはパフィルネールさんだけなんだけどさ。
ただ、オークが気がついているというのは事実なのだろう。ラッティーネさんの森を見る目が少し挑発的に感じる。というより、楽しみで仕方ない、という雰囲気だ。
そんな彼女は待ちきれない、という口調で俺らに伝えてきた。
「では行って参りますわ。ケイさんの事はよろしく頼みましたわよ」
「ああ、それくらいは任せてくれ」
楽しみにしていたデートへいそいそと赴くような足取りで、ラッティーネさんの姿は森の奥へと消えていった。
♪ ♪ ♪
それから半時間ほど経過、すでに夜の帳も降りて周囲は真っ暗だ。
当然この時間に旅人や隊商が通る事はないので、虫の音しか聞こえない。
「帰ってきませんね」
ようやく吐き気の収まった俺は、体育座りしながら時間を潰していた。メシアは未だに俺の頭の上に乗ったままだ。
なぜ体育座りなのか、深い意味はないけど単にあぐらかくのも女子としてダメだろうし、地面に正座ってどんな罰ゲームだよって思うし、取捨選択すると体育座りが一番最適だったからだ。
立ちっぱなしのパフィルネールさんは、周囲の気配を伺うようにしながら俺の言葉に返答した。
「先ほど入ったばかりだろう? そんなすぐには戻ってこない。それより本当に一人で大丈夫なのかが心配だ」
「アリエスさんもベイルフールさんも太鼓判を押していましたし、大丈夫だと思います。それよりもメラリィさんって多分お金持ちの貴族ですよね? 超高級品の白い角砂糖を何個も持っていましたから」
「メラリィは聖国の内情を高値で買ってくれるお得意様、ということしか知らないな」
「そんなに買ってくれるのですか」
「ああ、金払いは良い。正直魔物退治より余程儲かる。だからこそあの賃貸に住んでいるんだ。アタシとしては金払いが良ければ誰だって構わないからね。ま、多分貴族のお嬢さんで合ってるだろうな」
冒険者ってやはりこう言う思考の持ち主が多いのか。
出所が後ろめたかろうが、何だろうが金は金だ。きちんと支払ってくれるなら、誰だろうが構わない。
割り切り方としては良いと思うけど、気にならないのかな?
パフィルネールさんを見上げると、端正な顔立ちの横に付いている長い耳が、まるでレーダーのようにピンと立って動いている。猫みたいだな。
なんて思ってたら唐突に寂しげな顔をした。
「ただ……今回で借りを作ってしまったからな。数回はタダ働きしなければならないだろう」
なんだよ、そんな事気にしてたのか。
そもそもメラリィさんに頼んだのは俺なんだから、それは俺が背負う借りだろう。
多分あの人たちはお金よりも俺の知っている知識をもっと吸い出したいに違いないから、これからラッティーネさんとお風呂の回数を増やさなければいけないな。欲情はしないけど見ると目の保養にはなるからな、うへへ。
「私が勝手にメラリィさんに頼んだので、パフィルネールさんではなく私がそれを負うべきですよ」
「いや、それはアタシが負うべきだ。それにケイにも感謝している。死にかけのアタシに回復をかけてくれたのだろう?」
「助けられる手段があるなら、助けるべきでしょう? それが気になるのでしたら、私に今度夕食を奢って下さい。それでチャラという事でいいですよ」
別に俺は祈っただけだしな。飯一回奢りで十分だ。
しかし俺の言葉に眉をしかめるパフィルネールさん。
「……変わった奴だな、ケイは。そんなんじゃあっという間に食いつぶされるぞ」
「あっはい」
注意する先生のように腰に手を当てて、もう片方の手で俺に指を差してきた。
お人好しって事なんだろうな。でも祈っただけで金貰うのは自分としては何もやってないし気が引けるのだ。
「まあいい、夕食の件は了解した。今度とびっきりの店へ食べに連れて行ってやろう」
「本当ですか! やった」
あの家に居ればきちんと三食出てくるんだけど、味は正直おいしくないし、そもそも塩がちょっと多くて塩分取り過ぎな気がするんだよな。
食生活を豊かにすると心も豊かになる。とびっきりの店がどんなレベルなのかは知らないけど、美味いなら一度は行ってみたい。
ふふふ、俺の舌は飽食日本の味に慣れているから唸らせるには相当レベルが高くないと無理だぜぇ。
それにもしかするとそこから料理レシピが生まれるかも知れないし、知っているレシピを高値で売れるかも知れない。チャーハンならベテランさ。
妄想をしていたら、突然パフィルネールさんの眼光が鋭くなった。静かに腰に下げていた短剣を片手に持ち、構える。
「……血の臭いがする、下がれケイ」
血? 意識して鼻を利かせるが、そんな匂いは全くしない。が、彼女はベテランの冒険者だ。俺の感覚より遙かに正確だろう。
俺は慌てて立ち上がるとパフィルネールさんの背後へと回り込んだ。そして彼女が向いている方向へと視線を動かす。
……暗くて見えない。
そういやダークエルフとかって暗視能力があるんだっけ?
そのままどのくらい時間が経っただろうか。
多分数分だろうけど、パフィルネールさんが構えていた短剣を下ろした。
「なんだ、ラッティーネか」
俺にはまだ見えないけど、パフィルネールさんの態度が弛緩したので、俺も緊張を解く。
そのまま数十秒経つとようやく俺にも見えてきた。
血だらけになったラッティーネさんの姿が。




