対覚醒者用の実績、あったような
木曜の朝。
ホームルームが始まるなり、担任は教卓の前で出席簿を開いた。
昨日までと比べれば、顔色はほんの少しマシだ。
いや、マシってだけで良くはないんだけど。
土曜からずっと世界がバグってるんだから、そりゃ先生の顔色も安定しないか。
「……まず、連絡がある」
その一言で、教室の空気が少しだけ引き締まる。
またかよ。
そう思ったのは、たぶん俺だけじゃない。
担任は一度、言葉を選ぶように間を置いた。
「一組の牧野宗介が、昨日病院に搬送された」
一瞬、教室がざわついた。
俺も顔を上げる。
宗介?
昨日の帰り、別れたあとのことが頭をよぎる。
担任はそのまま続けた。
「体には打撲や挫傷の跡が多く見られたそうだ。現時点では、何者かから暴力を受けた可能性が高いと見られている」
ざわめきが、さっきより大きくなる。
「しかも、状況は一昨日の三年生の件とほぼ同じだ」
そこまで聞いて、背中が妙に冷えた。
一昨日の三年と同じ状態。
ってことは。
……宗介も、覚醒者狩りに?
でも、なんで宗介なんだ。
たまたまか?
それとも――
なんとなく教室を見渡した、その時だった。
視界の端に入った坂上が、また少し笑った気がした。
……なんなんだ、あいつ。
昨日からずっと、妙にニヤついてる気がする。
気のせいで済ませたいけど、こう何回も続くとな。
普通に気になる。
というか、普通に腹立つ。
担任は教室のざわつきが大きくなる前に、少しだけ強い声を出した。
「静かに」
ぴたり、とまではいかないが、ざわめきは少し収まる。
「今のところ、学校側でも警察と連携して確認を進めている。生徒だけで勝手に動くな。昨日も言ったが、下校時はできるだけ複数で行動すること。不審なことがあれば、すぐに学校へ連絡しろ」
つまり学校側も、普通に危ないと思ってるってことだからな。
しかも宗介がやられた。
宗介だぞ。
あいつ、どう見ても喧嘩売るタイプじゃないだろ。
喧嘩を買うタイプでもないし。
そんなやつがボコられて病院送りって、だいぶヤバいやつだろ。
ホームルームが終わる。
でも当然、教室の空気はすぐには戻らない。
「一組って、あの牧野?」
「マジでやばくない?」
「昨日の三年の件と同じって……」
ひそひそ声が飛び交う。
俺はそれを聞き流しながら、ポケットの中のスマホを軽く触った。
連絡してみるか。
でもホームルーム終わりにいきなり送るのも、なんか慌てすぎな気がする。
いや、でも慌てるだろ普通。
宗介が病院送りなんだから。
結局、一時間目の開始前に短くメッセージだけ送った。
────
『大丈夫か?』
────
我ながら、びっくりするくらい短い。
でも長文送る感じでもないし、今はこれでいいだろ。
送ってから、スマホを伏せる。
授業は始まった。
始まったが、頭に入るわけがない。
宗介がやられた。
しかも三年と同じ状態。
その上、坂上がまた変に笑ってた気がする。
さすがに全部が全部、気のせいで片づく感じでもなくなってきた。
ノートを開きながら、ぼんやり考える。
宗介が狙われる理由って何だ。
昨日の三年は、覚醒者だった。
なら宗介も、覚醒者だからか?
でも宗介って別に強そうでもないし、目立つタイプでもない。
むしろ弱そう寄りだ。
そこが狙いやすかったって可能性はある。
いや、でも。
昨日、昼休みに宗介が言ってたこと。
紙が盗まれた理由。
覚醒者を絞り込むためなんじゃないかって話。
あいつ、あの時点でそこまで考えてたんだよな。
……まさか。
いや、でも。
そこまで考えたところで、スマホが小さく震えた。
反射で視線が落ちる。
宗介からだ。
俺はすぐに画面を開いた。
────
ごめん、返信遅れた。
昨日ちょっとやられちゃって、今入院してる。
でも大丈夫だよ。
覚醒者になったからかな?
傷の治りが早いらしい(笑)
あ、そういえば僕を襲った人の中に、
たしか三組の坂上くんがいた。
あの人たち、なんか経験値とか言ってた。
蓮くんも気をつけてね。
────
数秒、思考が止まった。
「……は?」
小さく声が漏れる。
経験値。
そこかよと思うより先に、そっちが引っかかった。
坂上がいた。
宗介をやった。
それだけでも十分最悪なのに、経験値ってなんだ。
経験値ってことは、レベル上げか?
宗介を殴って、それで経験値が入るかどうかを見てたってことか?
だとしたら、昨日の三年の件もだいぶ話が変わってくる。
あれはただの暴力じゃなくて、レベル上げ目的の可能性あるってことだ。
うわ、嫌だな。
めちゃくちゃ嫌なんだけど。
人を殴って経験値稼ぎ。
ゲームの悪役でも、もうちょい隠そうとするぞ。
でもやりそうなんだよな、坂上なら。
あいつ、昨日の時点でもう自分が特別みたいな顔してたし。
覚醒したことをそのまま偉くなった証明みたいに扱ってる感じがあった。
それで宗介がやられた。
俺は画面を見たまま、しばらく固まった。
腹の奥がじわっと熱い。
ああ。
これ、怒ってるんだな。
たぶん。
正義感に燃えてます、みたいな綺麗なやつじゃない。
でも、友達がボコられて、犯人もだいたい分かってて、それで何も思わないほど薄情でもない。
宗介は俺にとって、ちゃんと友達だ。
たまに情報多すぎてうるさいけど。
ビビりすぎて面倒な時もあるけど。
でもそういうやつがやられたって聞くと、普通に腹は立つ。
それに。
ちょっとだけ本能が嫌がってるのも分かる。
坂上たちは複数だし、向こうも覚醒者だ。
普通に面倒だし、普通に痛いのは嫌だ。
嫌なんだけど。
まぁよく考えたら、グレハンよりは怖くないか。
あっちは最初から殺る気で来てたし、ナイフまで持ってたし、顔もだいぶ終わってた。
なんたって俺は、あのグレハンと半日を共にした男なんだ。
多少坂上が吠えたところで、なんともないはず。
比べる相手としてどうなんだって気もするけど、少なくとも俺の中ではそれが基準になってしまっている。
そう考えると、坂上はただの高校生だ。
だいぶ嫌な感じの高校生だが。
そこまで考えたところで、次は別のことまで頭をよぎり始めた。
……そういえば。
対覚醒者用の実績、あったような。
「こりゃ、ちょうどいいや」
思わず心の中でニヤける。
友達がやられて腹立ってるのに、ついでみたいに実績が頭をよぎるの、我ながらどうかと思う。
でもまぁ、出てくるものは仕方ない。
俺はそういうやつだ。
スマホを伏せて、ノートに目を戻す。
戻しただけで、頭は全然戻ってない。
授業なんてもちろん入らない。
先生が何か喋ってる。
黒板に文字も書いてる。
でも今の俺の頭の中は、坂上と宗介と経験値でだいぶ埋まっている。
そのまま昼休みも午後の授業も、だいたいそんな感じで過ぎていった。
ずっと考えていた。
声をかけるか。
かけないか。
で、答えは昼すぎの授業中に決まった。
もちろんYESだ。
坂上に声をかけて、屋上とかに呼び出す。
それで覚醒者狩りをしていたことを盾にして、俺は正々堂々と坂上を使って実績を取ってやる。
【B:自分よりレベルの高い覚醒者を一撃で倒す】
たしか坂上はレベル8とか言ってたはず。
条件としては問題ないはずだ。
ただ、ここの一撃ってのがどういう意味かまでは分かんないんだよなぁ。
さすがに殺さなきゃいけないのは無理だぞ?
せめて気絶くらいなら、この【不馴手の一撃】でいけると思うんだけどなぁ。
あっという間に時間は流れ、ようやく放課後がやってきた。
終礼が終わって、椅子を引く音が教室に広がる。
みんな帰り支度を始める。
坂上の周りは相変わらずうるさい。
あいつはいつも通り、でかい声で笑っていた。
俺は鞄に手をかけて、一度だけ息を吐いた。
……よし。
声かけるか。
そう決めて席を立った、その瞬間だった。
「氷室。ちょっといいか」
先に声をかけてきたのは、坂上の方だった。
しかもめっちゃ笑ってる。
……なんで!?




