屋上の戦い①
放課後。
終礼が終わって、椅子を引く音が教室のあちこちで重なった。
みんな帰り支度を始める。
鞄を肩にかけるやつ。
スマホを確認するやつ。
友達同士で小さく話しながら立ち上がるやつ。
一見すると、いつも通りの放課後っぽい光景だった。
だがここ数日、学校の空気はずっと変だし俺の頭の中もだいぶ落ち着いてない。
なぜなら、
一組の牧野宗介がやられた。
そしてさらに、
「氷室。ちょっといいか」
先に声をかけるつもりだった相手に、ほぼ同タイミングで呼びかけられたからだ。
坂上雄大。
レベル8の覚醒者。
覚醒者名簿盗難及び、対象生徒への暴行を行ったとされる人物。
ほぼ黒の男である。
しかもめっちゃ笑ってる。
……なんで?
「え、なに?」
できるだけ普通っぽく返したつもりだったが、たぶんちょっと硬い。
いや、向こうから来るのは聞いてない。
こっちは今からそれをやるつもりだったんだぞ。
坂上はそんな俺の反応なんてどうでもよさそうに、机に片手をついた。
「ちょっとツラ貸せよ」
その一言で、周りの空気が少しだけ揺れた。
同クラスの取り巻きどもが、いかにも面白がってますって顔をしている。
分かりやすい。
分かりやすすぎる。
でもまぁ、こっちとしては結果オーライだ。
もともと声をかけるつもりだったしな。
「別にいいけど」
そう返すと、坂上は一瞬だけ眉を上げた。
たぶんもう少しビビると思ってたんだろう。
「へぇ、いいね」
「で、どこ行くの」
「来れば分かるって」
その言い方がもう、いかにもだった。
でも今さら引くのも違う。
俺は鞄を机に置き直して、そのまま坂上の後ろについた。
教室を出て、俺と坂上は廊下を歩く。
……てか、あの取り巻きどもは付いてこんのかい。
いや、まぁいいんだけどね?
さすがにアイツらも覚醒者だったとして、対複数ってなったら、俺もキツいような気もするし。
まずそもそも坂上単体でも勝てるかどうかだが。
だって三年の覚醒者をしばいたって聞いたし?
多分喧嘩慣れもしてるだろ?
さらにダンジョンまで潜ってレベルを上げたときた。
対して俺はというと、
対覚醒者戦は経験なし。
喧嘩なんてしたことない。
ダンジョンはまぁ潜ったけど、グレハンを左手で殴ったり、グレハンにストーカーまがいなことをしていただけだ。
もう完全にお遊びレベルである。
どう考えても、誰がどうみても、向こうに分があるとしか思えないよな。
なんて考えながら、俺は階段を上る。
上へ。
さらに上へ。
どこまで上るんだと思ったところで、ついに階段がなくなった。
「……お、屋上?」
俺がそう言うと、坂上は振り向かないまま笑った。
「正解」
やっぱりか。
いやまぁ、だろうとは思ったけど。
人気のない場所で、周りに聞かれたくない話をする。
もしくは、聞かれて困ることをする。
分かりやすいにもほどがある。
屋上の扉が開く。
乾いた風が吹き込んできた。
空はやけに青い。
こういう時だけ無駄に天気いいの、なんなんだろうな。
坂上と俺。
それと先客が三人。
運動部っぽいやつと喧嘩慣れしてそうな短髪ヤンキー、あとは如何にも金魚のフンですよ、みたいなただ強い方に乗っかるのが好きそうなやつ。
別件だといいなぁなんて思ったが、全員が俺を見てニヤついてる。
「雄大、今日はソイツか?」
「あぁ。昨日の牧野宗介と一番仲良いやつで、覚醒者。ちょうどいいだろ」
会話を聞く限り、淡い期待は捨てた方が良さそうだ。
結局人数差としては一対四。
普通に考えたらだいぶ終わってる。
でも、まぁ。
やるしかない時はある。
坂上は屋上の真ん中あたりまで歩いてから、ようやく振り返った。
「で?」
「で、って?」
「そっちもなんか言いたいことあったんじゃねぇの?」
その言葉に、少しだけ目を細める。
ああ、なるほど。
向こうも向こうで分かってるわけだ。
俺が宗介の件で動くかもしれないってことを。
「まぁ、あるけど」
「だろうな」
坂上はにやっと笑った。
「牧野のことだろ?」
その名前が向こうから出た瞬間、腹の奥が少し熱くなった。
「お前、宗介に何した?」
俺がそう言うと、坂上は肩をすくめた。
「何って?」
「とぼけんなよ」
「いや、別にとぼけてねぇし」
軽い口調のまま返してくる。
その感じがまたイラつく。
「勝手に転んだんじゃね?」
「その言い訳は苦しいだろ」
「だよな」
坂上はあっさり笑った。
取り巻きもつられて笑う。
終わってるな、ほんとに。
「で?」
坂上はポケットに手を突っ込んだまま、顎を少し上げた。
「それ聞いてどうすんの?」
どうする。
そう聞かれると、一瞬だけ言葉に詰まる。
正義のためにとか。
友達のためにとか。
そういう綺麗な言葉が出てくる感じではない。
でも、何もないわけでもない。
「別に」
俺はそう言った。
「気に食わないだけ」
一瞬、屋上の空気が止まる。
自分で言っておいて、ちょっと笑いそうになった。
もっとこう、別の言い方があった気もするけど。
でも本音だから仕方ない。
坂上は数秒だけ黙って、それから吹き出した。
「はっ」
乾いた笑いだった。
「なんだそれ」
「そのまんまだよ」
「正義の味方気取りでもすんのかと思った」
「ガラじゃないだろ」
「たしかに」
そこは同意するのかよ。
坂上は笑ったまま、一歩だけ近づいてくる。
「でもさぁ、氷室」
その声が少し低くなる。
「お前、勘違いしてない?」
「何が」
「俺たちにそういう言い方して、無事で済むと思ってるとこ」
ああ、やっぱりそういう感じか。
まぁそうなるよな。
取り巻きたちも後ろでうっすら笑っている。
普通なら、ここで引いた方がいい。
たぶん。
でも今のところ、まだそこまででもない。
いや、緊張はしてる。
してるけど、思ってたよりマシだ。
「無事で済むかどうかは、やってみないと分かんないだろ」
口に出した瞬間、自分でもちょっと驚いた。
わりと喋るじゃん、今日の俺。
でも、宗介がやられた話を聞いてからずっと腹の奥で燻ってたものがある。
たぶん今、それがそのまま出てる。
坂上の目が少しだけ細くなった。
「へぇ」
そのまま、さらに一歩。
距離が詰まる。
「だったら、お前がどこまでやれんのか」
坂上はそこで、にやっと笑った。
「――このオレが見定めてやるよ」
次の瞬間だった。
坂上の肩が動く。
大きく踏み込み、拳を振るう。
速い――!
でも、見えないほどじゃない。
「っ!」
とっさに体で受け止める。
肩口に衝撃が入った。
重い。
普通に重い一撃だ。
でも。
「……あれ」
崩れない。
一瞬ぐらついたはずなのに、足が勝手に戻る。
重心が真ん中に収まる。
あれ、意外と大丈夫だったな。
その時ふと、頭に一つのスキルが思い浮かんだ。
姿勢制御+。
あぁ、このスキルのおかげだわ。
ダンジョンで何度もお世話になったやつ。
対人でもこれ、普通に強いのな。
痛いは痛い。
でも、思ってたより全然いける。
というかこれ、
初対面のグレハンより、全然怖くないわ。




