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屋上の戦い②


 初対面のグレハンより全然怖くないわ。


 そう思ったら少しだけ肩の力が抜けた。


 もちろん余裕ってほどじゃない。


 相手は坂上一人じゃないし、屋上には取り巻きも三人いる。


 普通に考えれば一対四でこっちは対人戦なんてほぼ未経験だ。


 痛いのも嫌だし、面倒なのも嫌だ。


 それでも、最初からナイフを持って殺す気で突っ込んできたグレハンよりはマシに思える。


 少なくとも目の前にいるのは人間だ。


「どうしたよ」


 坂上が笑う。


「固まってんじゃん」


 固まってるわけじゃない。


 むしろ今ので一つ分かった。


 姿勢制御+。


 これ、思ってたよりずっと強い。


 さっきの一発は普通に重かったし、肩へ入った瞬間には身体まで少し持っていかれた。


 でも完全に崩れる前に足が踏ん張って、流れかけた重心まで勝手に戻ってくれた。


 無理やり耐えた感じじゃない。


 身体の方が先に、崩れない形へ持っていってくれた感じだ。


 なるほどな。


 姿勢制御って名前だからもっと地味なスキルだと思ってた。


 でも殴られても体勢を崩さずにいられるなら、次の攻撃にも反応しやすい。


 対人でも普通に強いじゃん、これ。


 そんなことを考えていると坂上がまた踏み込んできた。


 今度はさっきより速く、右肩を入れながら強く前へ出てくる。


 そのまま体重を乗せた拳が顔へ飛んできた。


 狙いは分かる。


 俺が身体を少しだけ横へずらすと、拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。


 うわ、普通に速いな。


 でも見えないほどじゃない。


「おっ」


 後ろで取り巻きの一人が声を上げた。


「避けた」


「なんだ、ちょっとはやんのか?」


 坂上は面白くなさそうに鼻を鳴らし、そのまま間を空けずに殴ってくる。


 左右から続けて拳が飛んできたので今度は全部避けようとはしなかった。


 間に合うものは腕で軌道をずらし、避けにくいものは肩や腕で受ける。


 何発かは普通に食らったけど、姿勢制御+のおかげで思っていたほど身体は流されなかった。


 痛いのは痛い。


 でもこれならまだ動ける。


 なんかグレハンの時とそこまで変わらないな。


 結局やることは相手の動きを見て癖を探すことだ。


 踏み込み方や肩の動きを何度か見ていれば、次にどこから来るのかも少しずつ分かってくる。


 もちろん全部読めるわけじゃない。


 ただ覚醒してから身体の動きそのものが良くなったのか、見えてさえいれば以前より反応できる。


「おいおい」


 坂上が笑う。


「お前、反撃する余裕もねぇのか?」


 いや、違う違う。


 してないだけだ。


 今はまだ。


 俺は次の一発を受けながら、坂上のどこなら一撃で落とせるかを考えていた。


 正面から顔を狙うのは微妙だな。


 普通に動く相手だし真正面から出せばさすがに警戒される。


 顎も候補だが今の坂上の打ち方だと綺麗に入れられそうな瞬間が少ない。


 鳩尾も悪くなさそうだけど、一撃で確実に倒せるかと言われると少し不安だ。


 だったら頭か。


 狙うなら側頭部。


 上手く入れば一発で倒せるかもしれない。


 ただ、適当に殴って届けばいいわけじゃない。


 実績の条件は一撃だ。


 一発目で倒せなければその時点で終わる。


 しかも【不馴手の一撃】まで使って外したら、その後がかなり面倒になる。


 だからまだ打たない。


 確実に入る形になるまで待つ。


「避けるだけかよ」


 坂上の声にさっきより少し苛立ちが混じり始めた。


 そのまま腹を狙った前蹴りが飛んでくる。


 これは避けるのが間に合わず、まともに受けた瞬間には鈍い衝撃が腹の奥まで響いた。


「ぐっ……」


 いや、痛いって。


 それでも後ろへ吹き飛ばされることはなく、その場に踏みとどまれた。


 やっぱこれ強いわ。


 姿勢制御+、地味な名前してるくせにだいぶ仕事してる。


「なんだよ、氷室」


 坂上はまだにやついている。


「さっきまでのイキり、もう終わりか?」


「別にイキってはないけど」


「じゃあ何だよ」


「考えてるだけ」


「は?」


 坂上の動きが一瞬止まった。


 その間にも俺は今まで見てきた動きを頭の中で整理する。


 どこなら倒せるのか。


 どのタイミングなら確実に入るのか。


 本当にそれしか考えていない。


 何度も攻撃を見ているうちに、坂上が思っていたより単調なのも分かってきた。


 たぶん喧嘩慣れしているのは本当なんだろう。


 拳を出すことに迷いがないし、相手を殴ることにも躊躇がない。


 ただ自分の方が強いと思っているせいか攻め方そのものはかなり素直だった。


 しかも俺がほとんど反撃していないせいで最初より警戒も薄くなっている。


 それならこっちとしてはありがたい。


「考えてるって何をだよ」


「お前のどこ殴ったら倒れるかなって」


 俺が答えると、坂上だけじゃなく後ろにいた三人まで黙った。


 ……あ。


 ちょっと言い方悪かったか?


 でも実際それしか考えてないんだから仕方ない。


 坂上は数秒黙ったあと、口元だけで笑った。


「は?」


 さっきまでとは違って全然楽しそうじゃない。


「お前さぁ」


 どうやら本気で腹を立てたらしく、そのまま一気に距離を詰めてくる。


「言うようになったな」


 別に煽ったつもりはないんだけどな。


 ただ怒ってくれたのはこっちとしてはありがたいかもしれない。


 坂上の踏み込みは明らかに速くなったけど、そのぶん動きも大きくなっていた。


 特に右はかなり力が乗っている。


 まともに食らえば痛そうだが、大きく踏み込んで振ってくるので軌道はむしろ分かりやすい。


 俺は顔へ直撃しないよう、肩と腕を使ってその右を受けた。


「っ……!」


 やっぱり重い。


 それでも体勢までは崩れず、そのまま返してきた左にも反応できた。


 右ほど重くないので腕を差し込んで外へ流す。


 続けてフック気味の拳まで飛んできたが、何度か攻撃を見ていたおかげでぎりぎり身体が間に合った。


 だいぶ分かってきたな。


 強い右を振る時だけ坂上は身体ごと大きく前へ出る。


 その後の左は右ほど重くないし、混ぜてくるフックも何度か見ればタイミングが分かる。


 やっぱり狙うなら右のあとだ。


 何度か同じ流れを見ていると右を振り切ったあとの戻しが少し遅いことにも気づいた。


 身体まで前へ流れるせいで左側が空き、顔の横も一瞬だけ狙いやすくなる。


 そこだな。


 次に同じ右が来たらその隙へ左を入れる。


 坂上がまた踏み込んできた。


 かなり苛立っているのか、今までで一番大きく右を振ってくる。


 でも、もう何度も見た。


 この右を振り切ったあとに身体が流れる。


 そこまで分かっているなら十分だ。


 うん。


 なんとなくこいつの動きも見えてきたことだし、そろそろ反撃の方いきますかね。

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