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屋上の戦い③



 次に右が来たら一発ぶち込んでやる。


 そう決めてからは坂上の言葉もほとんど気にならなくなった。


 今も何か煽ってるんだろう。


 こっちを舐めたままなのも変わらない。


 でも今見るべきなのはそこじゃない。


 坂上は右を強く振るほど身体まで前へ流れる。


 そのせいで左側に隙ができる。


 ムキになってからは特に分かりやすかった。


 次も同じ右が来るなら狙う場所は決まっている。


 坂上がまた踏み込んできた。


 やっぱり右だ。


 さっきまでより大きく振ってきた拳を肩と腕で受ける。


「っ……」


 普通に痛い。


 何発食らっても慣れる気はしない。


 それでも姿勢制御+のおかげで身体までは持っていかれなかった。


 坂上が右を振り切る。


 そのまま身体が前へ流れて左側が空いた。


 ここだ。


 左を出そうとした瞬間だった。


 少し前まであれだけ使いづらかった腕が考えるより先に動いた。


 無理やり拳を振った感じがしない。


 踏み込んだ勢いに合わせて身体が回り、そのまま左拳まで力が伝わっていく。


 これが不馴手の一撃か。


 坂上へ届く直前に左腕がじわっと熱くなった。


 そのまま拳が側頭部へ入る。


 ゴッ、と嫌な音がした。


「……っ」


 思っていたより重い手応えだった。


 殴ったこっちが少し焦る。


 坂上の顔が横を向き、そのまま大きくよろけた。


「……は?」


 本人も何が起きたのか分かっていないらしい。


 俺を見ようとした途中で膝から力が抜け、そのまま床へ倒れた。


「え」


 いや、ちょっと待て。


 一発で倒すつもりでは殴ったけど、本当に一発で落ちるのか?


 坂上は床に倒れたまま動かない。


 さすがに死んでないよな。


 近づこうか迷ったところで視界の端に表示が出た。


【実績達成】


【B:自分よりレベルの高い覚醒者を一撃で倒す】


「おお」


 取れた。


 ちゃんと一撃で倒した判定らしい。


 レベル八の覚醒者を一発。


 狙っていた実績だから嬉しい。


 ただ実際にやってみると、不馴手の一撃の威力がちょっと怖くなってくる。


 さっきも自分で無理やり左を振った感じはほとんどなかった。


 身体の方が殴りやすい形を知っているような感覚だ。


 そこにスキルの威力まで乗る。


 そりゃ強いわ。


「……は?」


 後ろから間の抜けた声がした。


 振り返ると残っていた三人が坂上を見たまま固まっている。


「お、おい雄大?」


「え、マジで?」


「いやいやいや、ちょっと待てって」


 さっきまであれだけニヤついていたのに誰も笑っていない。


 まぁ、そりゃそうか。


 一番レベルの高い坂上が目の前で一発で倒れたんだから。


 俺でも逆の立場なら警戒する。


 ……ん?


 そこでようやく気づいた。


 坂上を倒して終わりじゃない。


 こいつらまだ三人いるじゃん。


 しかも不馴手の一撃には三分のクールタイムがある。


 今すぐもう一発とはいかない。


 坂上とは一対一だったから何とかなった。


 でも三人まとめて来られたら話は別だ。


 こっちは実績を狙うために何発も攻撃を受けている。


 身体のあちこちが普通に痛いし体力も削られていた。


 三人相手に勝てるか?


 たぶん無理だな。


 というか普通に負ける。


 さて、どうする?


 逃げるにしてもここ屋上なんだよな。


 そう考えていると短髪のやつが両手を上げた。


「いやいやいや、ちょっと待てって」


 さっきまで一番調子に乗っていたやつだ。


 でも声の調子は明らかに変わっていた。


「雄大が一撃はシャレになんねぇわ」


 喧嘩慣れしてそうなやつも坂上を見たあと一歩下がる。


「さすがにそれは割に合わん」


「ごめんごめん、ほんとごめん!」


 最後の一人なんて急に笑顔まで向けてきた。


 いや、その笑顔はどうなんだ。


「もう関わんねぇから! マジで!」


「覚醒者狩りもしねぇし! ほんとに!」


 すげぇ勢いで日和ったな。


 さっきまでとの違いがすごすぎる。


 とはいえ戦わなくて済むならありがたい。


 本当に来ないよな?


 まだ警戒はしていたが三人とも完全に戦う気をなくしていた。


 坂上が一発で倒れたのがよほど効いたらしい。


「ほ、ほんともういいから!」


「雄大は、まぁ……うん、あとで何とかするし!」


「じゃ、じゃあ俺らこれで!」


 三人はそのまま屋上の出口へ向かおうとする。


 坂上は床に置いたままだ。


 おい。


 置いていくのかよ。


「――それ、本気で言ってるの?」


 急に聞こえた声で三人が止まった。


 俺も声のした方を見る。


 誰かいる。


 屋上の奥にある塔屋の上だ。


 そこから一人の女子がこっちを見下ろしていた。


 というか、あれ……。


「……は?」


 見間違えるはずもない。


 壬生彩葉だ。


 同じ学校なら嫌でも知っているくらい有名な女子が、なぜか塔屋の上に立っている。


 なんでそこにいるんだ?


 というかいつからいた?


「み、壬生……?」


 短髪のやつも気づいたらしい。


 俺以上に驚いた顔で名前を呼んだ。


 壬生は特に気にした様子もなく三人を見る。


「全部見てた」


「い、いや、これはその……」


「話も聞いてたから。君たちが坂上くんと一緒に三年生を襲ったことも、牧野くんを襲ったことも」


 そこまで言われると三人とも黙った。


 さっきまで俺には必死に謝ってたのにな。


「く、くそ……っ!」


「これから先、日本は覚醒者向けの教育とか指導とか色々な方面で動いていく」


 壬生はいつもの調子で話を続ける。


「ダンジョンに入るのも、この先は国からの許可とか資格みたいなものが必要になると思う」


 三人から返事はない。


 まぁ何を言えばいいのか俺でも分からない。


「私が君たちを危険人物だって名前を挙げたら、普通に終わると思うんだけど?」


 いや、怖っ。


 言い方は全然強くない。


 なのに内容だけがとんでもなく重い。


 たしか壬生の父親は政治家だったはずだ。


 宗介の話ではダンジョンや覚醒者関係の仕事にも関わっているらしい。


 実際にどこまで影響力があるのかは知らない。


 でも今日のことを父親へ話されたら、こいつらにとって面倒なことになるのは間違いなさそうだ。


「い、いや、ちょっと待ってくれって」


「俺らも覚醒者だぞ」


「だから何?」


 即答だった。


「覚醒者なら何してもいいわけじゃないでしょ」


 ごもっともである。


 さっきまで俺に向かってきていた三人が何も言い返せなくなっていた。


 俺が一発殴るより壬生が淡々と喋ってる方が怖くないか?


「ここで聞いたことは全部、お父さんに伝えておく。あとは国が判断することだと思うから」


 それで完全に終わったらしい。


 三人とも何も言わなくなった。


 さっき俺に謝っていた時とは違う。


 今度は本当にどうすればいいのか分からないみたいだ。


 少しして三人は坂上のところへ戻った。


 さっきまで置いていこうとしていたくせに今度はちゃんと担ぎ上げる。


 そのまま屋上の出口へ向かい、最後まで振り返らずに階段を下りていった。


 足音が聞こえなくなってから俺もようやく力を抜く。


「……なんだこれ」


 いや、助かった。


 めちゃくちゃ助かったんだけど。


 坂上を倒したあと三人をどうしようか本気で困っていた。


 そこへ壬生が出てきて全部終わらせてしまった。


 俺はあれだけ殴られたのに、最後の三人は壬生が少し喋っただけで終わり。


 なんか納得いかない気もする。


 まぁ戦わなくて済んだので文句はないけど。


 俺は改めて塔屋の上を見る。


 そういえばこっちも聞きたいことがあるんだった。


 なんでそんなところにいるんだ?


 壬生もまだ俺を見ていた。


 しばらくそのまま目が合う。


「……氷室くん」


「ん?」


「君、なんでそんなに強いの?」


「……え?」


 何を言われるのかと思ったらそっちか。


 しかも壬生はいつもの無表情ではなく少しだけ笑っていた。


 初めて見たかもしれない。


 壬生彩葉って、こんなふうに笑うんだ。

この先もしばらく毎日投稿していきますので、どうぞお楽しみください!


面白いよ、期待してるよという方、よろしければブックマーク、評価いただけると跳んで喜びますゆえ\\\\ ꐕ ꐕ ꐕ ////

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