壬生彩葉と氷室蓮
君、なんでそんなに強いの?
それを今、質問された。
俺よりも遥かに強そうな、壬生彩葉にだ。
俺は塔屋の上の壬生を見上げたまま、しばらく言葉が出なかった。
風が吹く。
夕方の空気が少し冷たい。
「……えっと」
ようやく口が動く。
「それは、どっちの意味で?」
自分でも何を聞いてるんだって感じだが、他に言い方が思いつかなかった。
壬生は少しだけ首を傾げた。
「どっち?」
「いや、その……」
言いながら、自分でも整理する。
「強いって言われても、喧嘩の話なのか、覚醒者としての話なのか、なんか両方混ざってる気がして」
「両方かも」
壬生はあっさり言った。
「少なくとも、普通じゃなかった」
普通じゃなかった。
まぁ、うん。
それはそうかもしれない。
坂上からすれば、ずっと受けてたやつが最後だけ一発で落としてきた形だし。
でも俺からすると、あれはあれでかなり綱渡りだったんだけどな。
「……それよりさ」
俺は塔屋を見上げたまま言う。
「なんでそこに立ってるんだよ」
壬生は少しだけ黙った。
でも別に言いたくなさそうな間じゃなくて、どこから話すか考えてるみたいな間だった。
「んー気分転換?」
「ここで?」
「ここだから」
即答だった。
いや、意味が分からん。
学校の屋上。
その上の塔屋。
風は強いし、足場も広いとは言えない。
そんな場所で、校内で一番有名な女子が当たり前みたいな顔で立っている。
やっぱり意味が分からない。
「家に帰ると、落ち着かないの」
ぽつりと続いた言葉に、俺は少しだけ顔を上げた。
「落ち着かない?」
「うん」
壬生は淡々と答える。
「私のお父さん、今ゲートの対処に追われてるんだけど、私が覚醒者だからって、家に帰ると色々付き合わされるから」
「あぁ……」
そこでようやく、宗介が前に言っていた話が頭の中で繋がった。
壬生の父親は政治家で、しかも今のゲートとかダンジョン絡みの中心にいるらしい、みたいなあれだ。
噂半分だと思っていたが、少なくとも全部が外れていたわけでもないらしい。
「だから学校にいる間だけは、家より静かにいられる」
そこまで言ってから、壬生は少しだけこっちを見た。
「……はずだったんだけど」
「すみませんね」
思わずそう返してしまう。
そりゃそうだ。
静かな場所で一人になりに来たら、下で同級生が殴り合いを始めたのだから、だいぶ台無しだったに違いない。
いや、殴り合いって言っても大半は俺が受けてただけだけどな。
「別にいい。それよりも、話……逸らさないで」
逸らさないでってのは、つまりさっきの「なんで強いのか」という少年漫画ばりの問いのことだろう。
「君、喧嘩慣れしてる感じじゃなかった」
「まぁ、してないな」
「坂上くんを一撃で落としたのもそうだし、その前の受け方も妙に安定してた」
安定ってまぁそりゃ、なんたって姿勢制御が自動発動してるんだからな。
しかも+だぞ、+。
この+の凄さをよく分かってない俺だが、ついてるからには強調しておきたい。
「ダンジョンには入ってたんだよね?」
「まぁな」
「どれくらい居たの?」
壬生はそこで少しだけ目を細めた。
疑ってるというより、計算が合わないから確認してる、みたいな顔だった。
どれくらいって。
いや、まぁ実績とかスキルがどうとかってのは一旦伏せておくとして、時間くらいは言ってもいいだろう。
なんかさっきからやたらと質問してくるし、
このまま、なんとなくで誤魔化せる感じでもなさそうだしな。
「……土日、ずっとダンジョンにいた」
結果、一部の事実をそのまま出すことにした。
「ずっと?」
「まぁ、ほぼ」
「丸二日?」
「そのくらい」
壬生は少しだけ黙った。
その沈黙が、なんか重い。
「休みなく?」
「少なくとも三十六時間は寝てないな」
実績が取りたくて、とはもちろん言わない。
でもそこまで言うと、さすがの壬生もちょっとだけ反応が止まった。
「……なんで、そんなことを?」
その聞き方は、怒ってるわけでも呆れてるわけでもなかった。
本当に意味が分からないものを前にした時の聞き方というか、反応だった。
「いや、ゲームでもあるじゃん?」
「ゲーム?」
「やり始めたら、終わり時が分からなくなる感じのやつ」
自分で言ってて、説明になってるのかこれと思う。
「うん。なんというか、そんな感じ」
壬生は視線を少しだけ逸らした。
「そ、そ、そうなのね」
意味わかってないな、これ。
いや、そりゃそうか。
壬生って、あんまりゲームするタイプには見えないし。
でもそこで終わらなかった。
「ずっと一人で?」
「まぁ、基本は」
「怖くなかった?」
「怖かったけど」
「それでも続けたの?」
「まぁ……うん」
「なんで、そこまでするの?」
「いや、なんでって言われてもなぁ」
なんだこの人。
質問タイムが終わらないんだけど。
しかもなんとなくだが、壬生の俺を見る瞳が輝いて見える気がする。
「……おもしろ」
壬生がまたこっちを見て笑う。
「私、氷室くんにちょっと興味湧いたかも」
「え、なんて?」
「そのままの意味」
そのままって。
容姿端麗、成績優秀。
あの壬生彩葉が、俺に興味を持ったってか?
でもたぶん、交友的とか恋愛的とか、そういう分かりやすい熱ではない。
この人はたぶん、自分の常識で測れない珍妙なものに好奇心を抱くのだろう。
そういう意味で、俺に引っかかってる。
そんな感じがした。
「興味湧いたって言われてもなぁ」
「困る?」
「ちょっとは」
いや、かなり困る。
壬生みたいな有名人に真正面から興味を持たれるのは、単純に調子が狂うのだ。
壬生はそこでまた、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……君、これから少し目立つかもしれないよ」
そして急に話が切り替わる。
「へ?」
「覚醒者養成プログラム」
「……なにそれ」
その単語に、思わず聞き返す。
「詳しくはまだ決まってないけど、国が今、ゲート対策として検討してるらしい」
壬生は塔屋の縁から、下の足場へ視線を落とした。
「覚醒者向けの教育とか、訓練とか、そういうの」
ああ、なるほど。
さっき屋上で坂上たちに言ってた色々動くっていうのは、その辺のことか。
国が、覚醒者向けに何かを始めようとしている。
まだ輪郭は見えないが、それだけでも十分にでかい話だった。
「楽しみだね」
壬生はそう言って危なげなく塔屋から足場へ飛び降りた。
楽しみだとか、実に壬生らしくないセリフ。
いや、壬生彩葉という人間を何も知らない俺がそんなこと語るのは良くないな。
「じゃあね、氷室くん」
「え、あぁ。うん」
なんで俺の名前知ってたんだ?
と思ったけど、そういえば坂上がさっきから俺の名前を叫びまくってたなと、嫌な記憶が蘇ってくる。
壬生はそのまま階段の方へ歩いていった。
俺はしばらく、その背中を見送る。
風が吹く。
夕方の空気が少し冷たい。
ついさっきまで坂上と殴り合っていたはずなのに、そのあと壬生彩葉と二人きりで話して、最後には訳の分からない国家規模の話まで聞かされた。
覚醒者養成プログラム。
それがどんなもんなのかは知らない。
知らないけど。
「……まぁ、ちょっと面白そうだな」
こんな大変な情勢の中で不謹慎かもしれないが、俺の心は少しだけそっちへ寄っていた。
新しい場所。
新しいルール。
新しく出会う強いやつら。
そういう匂いがぷんぷんする。
「……ま、とりあえず帰るか」
俺は少しばかり心を弾ませながら、屋上の出口へ向かって歩き出した。




