戻った日常と変わったこと
坂上雄大の経験値稼ぎ事件から、二週間が経った。
あの日から学校が完全に元通りになったかと言われると、さすがにそんなことはない。
少しずつ落ち着き始めているのだ。
いや、落ち着いたという言い方も少し違うか。
みんなもう、慣れ始めてる。
世界中にゲートができて、ダンジョンができて、覚醒者なんてものまで出てきた状況に、良くも悪くも順応し始めているのだ。
ニュースをつければ、相変わらずゲート関連の話ばかり流れている。
どこどこのゲートで新しいモンスターが確認されたとか、海外では軍がどう動いたとか、国内でも自治体や警察、それに自衛隊がどう連携しているかとか。
そんなのばかりだ。
国の方も、さすがに最初の大混乱をそのまま放置する気はないらしい。
ゲート周辺は立ち入り規制。
ダンジョンへの無許可侵入は禁止。
勝手に潜ったやつがどうこう、なんてニュースも何度か見た。
おかげでこっちは、あれ以来ダンジョンに一度も入れていない。
まじで勘弁してくれ。
実績、早く取りたいんだけど。
そんな感じで、世界はちょっとずつ変わっている。
学校も一応は続いている。
授業もある。
小テストもある。
宿題も普通に出る。
なんでこんな時にまで古典とか英語とかやんなきゃいけないんだよという気持ちはあるが、まぁそこはもう言っても仕方ない。
ただ、学校の空気そのものは、やっぱり前とは少し違っていた。
覚醒者になったやつ。
なっていないやつ。
そこにある見えない線引きみたいなものは、二週間経った今でもなんとなく残っている。
宗介はもうとっくに退院して、一組で普通に学校へ来ている。
覚醒者、治るの早すぎだろと思ったが、本人は本人で「まだちょっと痛い」とか言っていたので、そこはまぁ、完全ノーダメってわけでもないらしい。
坂上とその諸々は、あれ以来学校に来ていない。
正確に言うと、停学になったらしい。
まあ、そりゃそうだろう。
非覚醒者を殴って、覚醒者の情報が書かれた紙を盗ませようとして、さらに屋上で覚醒者同士の揉め事まで起こした。
しかもそこに壬生彩葉がいた。
国家側に話が通っている可能性まである。
それで翌週から何食わぬ顔で三組に座っていたら、むしろ学校側の方が怖い。
そういう意味で、学校は前より静かになった。
そんな感じで、この二週間で変わったところもあるし、変わってないところもある。
世界は大きく変わったはずなのに、朝になれば学校へ行って、授業を受けて、昼休みになれば弁当を食って、放課後になれば帰る。
そういう意味では、日常はちゃんと残っていた。
残ってはいるんだけど。
朝のこれだけは、未だに慣れない。
「おはよう、氷室くん」
廊下ですれ違いざま、壬生彩葉が普通にそう言ってきた。
「おう、おはよう」
俺も普通に返す。
返すこと自体にはもう慣れた。
最初みたいに、「え、今話しかけられた?」みたいな反応をするほどではない。
問題はそのあとだ。
近くを歩いていたやつらが、またかよって顔でこっちを見る。
いや、別に何か言われたわけじゃないんだけど。
でも分かるのだ。
視線が。
空気が。
壬生彩葉が誰かに挨拶してるだけで、なんでこんなにイベント扱いなんだよ。
ほんと目立つからやめてほしい。
ただ、向こうに悪気がないのがまた面倒だった。
壬生はたぶん、本当に普通に挨拶してるだけなのだ。
変にからかってるわけでも、周りを意識してるわけでもない。
だからこそ「いや止めてくれ、目立つから」とも言いづらい。
言ったところで、たぶん「どうして?」って真顔で返される。
で、そこから説明しなきゃいけないのもだるい。
だから結局、俺が普通に返して周りがざわついて、ひっそり疲れる。
それをここ二週間くらい繰り返していた。
なんだこれ。
新しい朝のルーティンか?
壬生はもうそのまま、何事もなかったみたいに前を向いて歩いていく。
こっちはちょっとした騒ぎの中心に置き去りなんだけど。
ほんと勘弁してほしい。
そしてそんな変わり映えしない一日が終わって、ようやくの放課後。
俺は家の玄関を開けて、一度だけ大きく息を吐く。
「あぁ……なんか今日も普通に疲れた」
別に何か事件が起きたわけではない。
でも疲れる。
「おっと帰ってきたの。覚醒者の兄貴」
リビングに入った途端、妹の凛がいきなりそんなことを言ってきた。
「なんだそのわざとらしい上の句。やめてくれ」
「なんのこと? 兄貴feat.覚醒者」
「下の句につければいいってもんじゃないからな?」
凛はケラケラ笑っている。
こいつ、最近ちょっと俺で遊びすぎじゃないか。
「で、どうよ、覚醒者ライフ」
「なんだよそのゲームみたいな言い方」
「いや、兄貴そういうの好きそうだし」
「まぁ否定はしないけど」
「でしょ」
なんか癪だな。
でも否定しづらいのも事実だった。
凛がリモコンをいじって、テレビをつける。
画面では相変わらずニュースが流れていた。
ゲート対策。
海外情勢。
覚醒者に関する専門家のコメント。
ほんと最近こればっかりだ。
「もうどこも同じだね」
凛がそう言いながら、クッションを抱える。
「まぁ今一番でかい話題だからな」
「兄貴、こういうニュースめっちゃ真面目に見てそう」
「それはそう。一応当事者みたいなもんだから」
「とかいって、いつになったらダンジョン入っていいんだろ、とか思ってんでしょ?」
「おっ、よく分かったな」
さすが我が妹。
お兄ちゃんの性格をよく分かってらっしゃる。
そんな時だった。
テレビの画面が切り替わる。
番組が途中で中断され、警告音みたいなものが短く鳴る。
「ん?」
凛がリモコンを持ったまま止まる。
画面には大きく、
【全国緊急放送】
の文字。
「うわ、またなんか始まった」
凛がそう呟く。
俺も自然とテレビの方を見ていた。
画面の向こうに現れたスーツ姿の男が、硬い顔のまま話し始める。
どのチャンネルに変えても、画面の中は同じ映像だった。
内容は最初、これまでの確認。
ゲート出現以降、国内での対応は徐々に安定してきていること。
各機関が連携し、危険区域の管理や情報整理が進んでいること。
そして、今後は新たな段階に移る必要があること。
そこで、ふいに聞き覚えのある単語が出た。
「……覚醒者養成プログラム?」
思わず口から漏れる。
凛が横で「うわ、なんかそれっぽい名前」と言った。
テレビの中ではさらに説明が続く。
覚醒者について、教育、訓練、適性把握を目的とした新制度を全国で段階的に導入すること。
指導には、自衛隊を含む各戦闘系機関で覚醒した者、および現役でゲート対処にあたっている覚醒者たちが協力すること。
学校とも連携し、一定条件を満たした生徒から順次参加を促していくこと。
「え、なにこれ」
凛がテレビを見たまま言う。
「兄貴、絶対好きなやつじゃん」
「……いや、まぁ」
ちょっと待ってくれ。
壬生がこの前言ってたやつ、マジで来たのか。
さらに指導するのは、今実際にゲートに潜ってる覚醒者たちときた。
なんか急に物語の新章みたいなイベントが始まりそうなんだけど。
いやもちろん、世間的にはそんな軽い話じゃないのは分かる。
分かるんだけど、それはそれとしてだ。
こういうの、普通にワクワクしちゃう。
「兄貴、今ちょっと顔やばいよ」
凛が隣から俺の顔を覗いてくる。
「うるさい」
「いや、分かりやすくテンション上がってる」
「上がってない」
「上がってるって」
いや、まぁ。
そこは否定しきれない。
画面の中では、詳細については各自治体、各学校、関係機関を通じて追って通達すると言っていた。
たぶん、これ明日学校で何かあるだろ。
おいおいおいおい。
こりゃ明日が待ち遠しいなぁ、おい。




